2017年5月28日日曜日

【日本映画】ママ、ごはんまだ?


主人公の一青妙さんのお母さんは、台湾人に嫁いだ日本人。
つまり、わたしの大先輩に当たるわけで、台湾に来て間もないころに、夫と家族が大げんかしている内容が全く飲み込めずひたすら不安だった頃の気持ちが蘇り、胸がしめつけられるようでした。
そんな中で言葉をおぼえ料理をおぼえて居場所を作っていった一青さんのお母さんにじぶんを、「日本人か台湾人か」で揺れた妙さんに、我が子のこれからを重ねあわせずにはいられない2時間。
一つ言えるのは、お母さんは台湾での生活やご主人の顔さんのことを大事に思っていたのだろうな、そして何より台湾のごはんが好きだったのだろうな、ということ。
もしそれが嫌な思い出であったなら、日本に帰ってからも台湾料理を作りつづけることは苦痛でしかないわけで。

お母さんが亡くなったあと、長いあいだ閉めきっていた実家のドアをあけ、その中の金庫を開け、押入れのなかにみつけた箱を開ける妙さん。
入れ子状になった「わたしの箱子」を開けつづけ、ルーツを辿りじぶんを見つけていく過程は、玉手箱をあけてじぶんの真実の年齢の姿をとりもどす浦島太郎をおもわせる。
かつてはなんて残酷な話だろうと思っていた浦島太郎の昔話だけれど、40歳を過ぎたあたりから、なんて救いのあるはなしだろうと思うようになった。
何故なら、じぶんらしく居られないことが、なにより残酷な状況であることを身をもって知ったからだ。

美味しい豚足とチマキ、明日買いに行こうっと。

【台湾ドキュメンタリー映画】擬音~台湾の音と魔術師。


「Taisuki Cafe」さんでの連載コラム「スクリーン越し台湾通信」にて、先日観てよかったドキュメンタリー映画「擬音」について執筆しました。
しられざる映画製作の裏方、フォーリー・アーティスト。ご一読いただけると嬉しいです。

【台湾ドキュメンタリー】擬音:台湾の音と魔術師。

*********************
「黒澤明や今村昌平という巨匠たちの作品を支えてきた大御所の録音技師・Bさんの現場で何とも緊張感があったが、それまで映画の音がどのような人によって、どんな風につけられているのか全く知らなかったわたしにとって、これらフォーリーを含むサウンドデザインの現場に関わった経験は鮮烈だった。」
「職人的ということは、創造も含めて仕事が生活そのものなのである。わたしたちが映画を評価するときには、脚本や演出や芝居ということの創造性に重きを置きがちである。だが同時に、映画とは多くのクリエイティビティーを集めて作った総合芸術だということを、改めてこのフォーリーのドキュメンタリーは教えてくれる。」

2017年5月21日日曜日

久石譲&ミーシャ·マイスキー@國家音樂廳



中正記念堂の敷地内にある台北のナショナル・コンサート・ホールは、ローズウッドの壁にデコラティブな天井のガラスなど、品のよいシノワテイストただよい、非日常を感じさせてくれる好きな場所のひとつです。

この晩ご一緒したのは、台湾なでしこ会(※)の大先輩で呑み友達のF・Yちゃん。
人気の手づくり石鹸教室「Plumeria soap」の経営者として活躍している彼女、じつはかの久石譲氏の姪っ子さんということもあって、久石氏のコンサートにお誘い頂きました。

パンフレットの氏の写真をじっくり見ていると、ちょっとした表情とか目から鼻筋・頬にかけてのバランスなど姪っ子のYちゃんとそっくりで、血の繋がりってすごいな〜と思いました。
ジブリ·ワールドに無くてはならない音楽家として有名すぎる久石譲氏ですが、今回のコンサート·プログラムではジブリ音楽だけではない、多才かつ多様な久石譲世界を味わう事ができ、ナショナルシンフォニーオーケストラの演奏もその要求に応え、あっという間に過ぎた2時間半。

一曲目はエッシャーの絵をイメージして作られた久石譲作「encounter」より。
変拍子が複雑に連なりあいながら滑らかに変化していくそのさまは、フィリップ·グラスなどの影響を受けた現代音楽家である久石譲の本領発揮という感じでとても楽しい。
実際、台湾ではその名前を冠したマンションが出来ていたほど人気のある氏だが、実はご本名を藤澤守さんとおっしゃり、藤澤守名義の「はじめ人間ギャートルズ」でデビュー、その後「愛のコリーダ」で有名なクインシー・ジョーンズをモジッて、きゅういし·じょー→久石譲という芸名になったと知る人は少ないだろう。
などと偉そうに言ってるわたしもむかし、敬愛するロック漫筆家·安田謙一兄さんのラジオ番組「夜のピンチヒッター」でそれをしった。そのとき流れた久石譲氏の作ったタコ八郎のテーマソングは、それまで持っていたわたしの久石譲氏へのジブリ的固定観念を覆すものだった。久石譲さん、じつは結構パンクです。
そう思って改めてジブリを観れば、ナウシカの「ランランラララン」やインド音楽やラピュタの洞窟のシーンなど、ジブリの中にもこっそりソッチ系久石譲テイストは散りばめられているので要注意。

さて、特に素晴らしかったのが二曲目、ドヴォルザークのチェロ協奏曲より。
ミーシャ·マイスキーは、クラシックマニアの夫の影響で家で聴く事も度々あったけれど、生で聴くミーシャの音は芳醇で、長年熟成させた希少なブランディを呑んでいるかのよう。
イギリスの乾いた草原に吹く風のようなミーシャのチェロの深い音、そこに岩清水の如くほとばしり出るフルートの音色。
寄せては返す波、湖面に落ちた雨粒の広がり、小川のせせらぎ。1800年代に西洋で生まれた曲にも関わらず、自然の隅々に宿る「瞬間の永遠」を感じさせてくれ、そこには東洋的な「わびさび」もあり、まさにミニマリスト·久石譲の真骨頂を味わった気がしました。
最後の「魔女の宅急便」のテーマソングには、やっぱりもうこれは身体が反応。色んな楽団が演奏しているのを聞いた事はあるけど、ここで聞いた「うわー本物や」感はすごい。

得難い時間をご一緒させてくれた麗しきYちゃんに心からの感謝を。

※なでしこ会・・・日本人で台湾人に嫁ぎ台北周辺に住んでいる嫁の会で、もう35年続いている


2017年5月19日金曜日

【日本国内オンライン販売開始のお知らせ】


大阪のオンラインショップ「witte.」(ウィッテ)様にて、「台湾、Y字路さがし。」のオンライン販売が始まりました!!!
価格は2,000円(税別/送料別)です。
「witte.」(ウィッテ)は、わたしの母校である京都市立芸大の同窓生が始めたショップで、アクセサリーや陶磁器・オブジェなど、国内外で活躍するアーティスト/ブランドの素敵な商品を、数おおく取り扱っています。
じぶんへの、または大切な誰かへの特別なプレゼントが見つかるかもしれません。
どうぞ宜しくお願いします☆

【お仕事報告】『な~るほど·ザ·台湾』5月号





『な~るほど·ザ·台湾』5月号では、隔月で担当している連載コラム「台湾の街角」にて、龍山寺近くの「剥皮寮」で見つけた「無用階段」についてトマソンネタを書かせてもらってます。
剥皮寮?無用階段??トマソン???
という方、ぜひともご覧ください。
また、日本人学校レポートではお能の体験教室を取材。最近ちょくちょく日本人学校に取材で伺ってますが、イベント多くてホント楽しそう。ところで演目『土蜘蛛』を見ながら思ったのですが、おなじみのあの蜘蛛の糸、単なるリボンテープじゃなさそうだけど、あれを専門に作ってる業者さんが、いらっしゃったりするのでしょうか?

2017年5月18日木曜日

【お仕事報告】城南タイムス5月号


ひょんなご縁で、東京大田区の地域情報誌「城南タイムス」さんにて、台湾についてのコラムを書かせてもらいました。
タイトルは「酒と煙草と男と女。」
台湾における酒、煙草、男、女、それぞれの事情について書きました。
ところで大田区には殆ど足を踏み入れたことがないのですが、蒲田には昔撮影所もあったし、商店街とかもディープで何だか楽しそう。羽田にも近いし、今度いちどいってみたいと思います。


【中国映画】喜歡你~金城武、越来越喜歡你。

上海租界にある古いクラシックホテルで働く天才的シェフの周冬雨(去年の金馬奨で主演女優賞)が、ホテルを買収に来たドがつく大富豪でドがつく食いしん坊の金城武の胃袋をつかむ話。
「赤い薔薇ソースの伝説」ぐらいやれとは言わないが、食に性愛を暗喩させるならもちょっと破綻した部分があれば尚良とも思うけど、ヒロインの周冬雨の天真爛漫で危うい存在感が唯一そこを救っている。
ふぐの毒にあたって大雨が降る幻覚の中、二人が相合傘で上海の夜の街にさまようシーンが良くて、上海に行きたくなった。
料理で男の胃袋を掴んだとしても、風邪が治る如くふぐの毒が抜けるが如く恋は必ず覚めるので、覚めたあとは仕事としてでもなくパーフェクトな三度の食事を作り続けるのって大変な労苦じゃないかなーとすれっからしの頭で考えるバカボンのパパと同じ年のわたしは、むしろライバルシェフの志玲姐姐の立場に共感してしまうのでした。
それにしても金城武がますます面白いかんじの色男になっていて悶えたわ。
食いしん坊にはオススメの映画です。

【イベント報告】5/17 新富市場よりさがすY字路。



非常感謝「新富町文化市場」給我機會在市場裡面擺攤介紹「從新富市場尋找Y字路」的活動!
雖然今天的活動的告知宣傳其實都沒有,所以經過的客人都是日常買菜或要買食品的觀光客,但不少的客人給y字路的事情興趣,而且幾個客人把我的書買回去了!實在我沒想到在菜市場有人買書,所以超感動了。。。
另外,我平常很喜歡逛傳統市場,但以前都是為客人從移動看點的觀察,可是今天第一次得到了從定點觀察的菜市場風景,可以看得出來一個一個人的生活的樣子,真覺得很難得機會。
突然我覺得想寫「日本人看到的台北傳統市場的美麗風景」,有沒有出版社跟這個主題興趣?
追記:新富町文化市場路口的餅店女兒「靜」將做的「福州餅」很棒!

龍山寺近くの新富市場にて、日本時代の市場の建物(1935年完成)をリノベーションし文化スペースとしてこの3月に開幕した「新富町文化市場」。その入り口にある小さなスペースで、今日は新富市場付近のY字路を紹介するイベントを企画していただきました。
向こうは豚肉屋さんで豚の頭の皮や脚がぶら下げられ、向かいにはパンツが山と積まれた下着屋、右隣は福州餅を売っていて左隣は野菜屋さん、その野菜たちに紛れて並べられたY字路本、、、というなんとも楽し過ぎるゲリライベント。

前もっての告知や宣伝もないなか、生活用品や食料品を求めて来る通りすがりのお客さんや観光客の中で、突如現れた場違いな日本人のY字路本に興味を持ってもらえるか実はちょっと不安だったのですが、熱心に興味を持って話を聞いてくださったり、あまつさえ本を買って下さる方たちもいて、たった2時間ほどのイベントでしたが充実した時間となりました。地元のお婆ちゃん達との交流も楽しかったです。

何より、普段は買い物客として移動しながら観ている台湾伝統市場の風景を、逆の位置から定点観察で道行くお客さん達を眺めるというのは貴重な経験で、「台湾伝統市場」をテーマにした本を書いてみたくなりました。機会をくれた「新富町文化市場」の楊紋昌さんに心より感謝!
ちなみに右隣の餅屋の娘っこ「静」ちゃんの作る、お祖父ちゃん直伝の老麺(天然酵母)福州餅(ベーグルみたいなやつ)がすごーく美味しい。新富市場においでの際はぜひとも味わっていただきたいです。




新富町文化市場  
臺北市萬華區三水街70號  http://www.jutfoundation.org.tw/project/1/95


2017年4月8日土曜日

【日本映画/ネタバレ】ぼくは明日、昨日のきみとデートする ~現実的な、あまりに現実的な。



小学校のときに海沿いにある街に住んでいて、遠洋にでる船乗りさんがお父さん、って友達が何人かいた。そういう子の家にあそびに行くと、きまってアフリカとか南の島とか何とかグアとかの国々から買ってきた謎の仮面(漫画『動物のお医者さん』で漆原教授がコレクションしてるみたいなやつ)や木彫の母子像がいっぱい飾ってあって、ドキドキした(そういう像は大抵オッパイむきだしだから)。

ある日、友達のひとりが言った。彼女のお父さんは大きなフェリーの船長さんらしかった。
「うちの両親って、なんかずっと恋人同士みたいなの。お父さんが帰ってくるの半年にいっぺんぐらいだけど、そしたら二人で出かけちゃうし、すごく仲いいの。」

うちは両親が不仲だったから、それを聞いてすごく羨ましかった。
でも反面、なんだか切ない気分になった。人生をいきてまだ10年ぽっちなのに、人生の秘密を知ってしまった気がしたからである。
どんな秘密でしょうか?
それは、恋愛期間には「絶対量」があるという、身も蓋もない真理である。
10~20代ぐらいならこの映画『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』/中文タイトル:明天,我要和昨天的妳約會)を見て世に言う「キュンキュン」しちゃうのかもしれないが、こちとらもう「すれっからし」なのである。あんまり期待せずに観たのだが、どっこいなかなか、いい映画ではないですか。
恋愛期間には絶対量がある、っていう身も蓋もなさをついている。


高寿(福士蒼汰)は京都の美大に通う大学生だが、通学の電車のなかで見かけた女の子に一目惚れをする。電車を降りて追いかけ、告白する高寿。相手は美容の勉強をしている愛美(小松菜奈)で、また会う約束をして別れる。
翌日クロッキーにでかけた動物園で、高寿は愛美に声を掛けられる。
「そうか、これが廊下に飾られる絵かあ。」
数日後、そのスケッチは本当に先生に褒められ、廊下に貼りだされた。未来を予言するかのような愛美の言葉を不審におもう高寿。デートを重ねるうちに高寿は、愛美が家に忘れていったスケジュールノートを見てしまう。そこには愛美の驚くべき秘密が隠されていた。


まあ端的にいえば、一ヶ月という期限つきで恋愛することを定められたカップルの話なんですね。
期限付きの恋愛映画というと、不治の病だとか使い古された設定な感じがするけれど、この映画の場合はSF的な仕掛けがあって、そこがなかなか面白い。それは相手の愛美が高寿の現実の時間軸と逆行して歳を取っていく(一日24時間は同じ時間軸で過ごせるけど、日付が変わると一日ずつ過去へさかのぼっていく)、パラレルワールドの住人という設定である。
二人の住む世界は、5年に一度ごとの周期で月の満ち欠けする30日間ほど重なり合うことになっている。4回めに重なりあうのは、ちょうど二人が20歳になったとき。20歳という同じ歳同士で出会ったその30日間だけが、二人がカップルとして過ごせる運命の時期なのだ(たしかに10歳と30歳、15歳と25歳の組み合わせだと犯罪ぽくなってしまう)。
しかも二人の時間軸が逆行しているので、高寿が愛美に出会って一目惚れした初めての日が、愛美にとっては高寿と恋人同士として過ごす最後の日なのである。
手を繋いだり、キスしたり、抱き合ったり。高寿にとって初めての行為=愛美にとっての最後の行為。だから愛美はよく涙を流すんだけれど、仕掛けがわかるとこの涙が「効いて」きて、早逝が惜しまれる漫画家・吉野朔実のスイートかつエキセントリックな世界を髣髴とさせる。

映画ではふたりは違う世界に住んでいるから、恋人同士として与えられた時間は30日しかない。二人が恋愛を育んで、夫婦になったりする可能性はゼロである。以前、同じくパラレルワールドものの「君の名は。」についても身も蓋もない感想を書いたが、
(『君の名は~かたわれどきの賞味期限https://taipeimonogatari.blogspot.tw/2016/11/blog-post_9.html
それでも「君の名は。」は将来的にお互いを探し当てたという部分において、この「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」とは意味合いがちょっと違ってくる。

でも。
でもですよ。
恋愛感情を交わすというのは、パラレルワールドに住む者同士が一時期に接点をもち、またすれ違っていくことに似てはいないだろうか。その後はどんどん離れていき、また近づくことはあっても、それがかつてと同じ環境と熱量をもつことはない。

最初は一方的だった感情がだんだんと平衡し、やがて平衡が崩れる。

普通に同じこの世界に住む恋人同士だって、お互いの恋愛熱量の平衡バランスが取れているといえるのって、合計すれば30日ぐらい、珍しく長くて3ヶ月ぐらいなもんではないか。
もちろん、盛り上がったり冷めたりを繰り返しながらカップルって存続するのだが、お互い「この人に恋していて、ちょうどこの人も同じぐらいに自分に恋しているなあ」と感じられるのってせいぜいそんなもんというのが筆者の経験則である(あくまでも当社比なので、或いは「イヤ数年は」ていう人も居るかもしれないが、相当幸せな方だろう)。
大抵は少々バランスが崩れても別の感情で補完できるので、実際の付き合いはもっと長く続けられる。それは友情とか家族的愛情とか仲間意識とか、そういうものかも知れない。人は恋のみによって生くるにあらず。

そんなわけで「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」は、SFみたいな非現実的な体裁をとりつつ、じつは現実的な、残酷なほどに現実的な、物語なのである。


もうひとつパラレルワールドや身も蓋もなさという以外に、この作品には「君の名は。」との共通点がある。それは、東日本大震災を経験した上での「喪失感」を想起させざるを得ないところだ。
どこかの論評で、「君の名は。」において湖に沈んだ街の景色は女川などの被災地との類似性が見られるとの指摘をみて「なるほど」と思った。今となっては、出来ればあの日に戻って「早く逃げて」と知らせたかった、という想い。「君の名は。」が出来た背景にあるのはその「助けることができなかった」想いの投影であり、東日本大震災を経験した日本人だからこそ、あの作品が出来たというのである。

あの震災は、人がふつうの生活を送っているなかで唐突にすべてを奪われる現実があらわれ得ることを、わたしたちに突きつけた出来事だった。被災して大事な方を失った多くの人が、実行できなかった「もっとこうしていればよかった」を何度も反芻しながら苦しんでいる。そのことをわたしたちは、2011年のあの日以来さまざまな形で知っている。
高寿と愛美のように、今この瞬間こそが自分たちに残された運命的な時間だと未来に起こる出来事を通じて知りえたならば。しかし日常とは、そんなかけがえのなさを感じながら過ごすには、あまりにも日常的にすぎる。
そして、難しいからこそ「かけがえのなさ」にひとり努力を重ねる愛美の涙が、観るものの心に切なく染みてくるのである。


ところで、京都を第二の故郷と想い定めているわたしにとって、「比叡山電鉄」「寺町通」「白川沿い」「宝ヶ池」から「みなみ会館」まで、馴染みの深い風景がいろいろ見れたのは殊のほか楽しかった。
もちろん「なんで『みなみ会館』で映画見るのに三条大橋で待ち合わせしてサラサでカレー食うねん~!」というツッコミどころも満載で、さいきん台湾版も出版された名作漫画『逢澤りく(ほしよりこ作)』のなかで描かれていた京都人の家族団欒あるある→「京都で撮影されたミステリードラマのロケ地の不合理性にツッコミを入れながら観る」というシーンを、思いうかべずにはいられなかった。


『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』
(中文:明天,我要和昨天的妳約會)
原作:七月隆文/監督:三木孝浩/2016/日本















2017年4月3日月曜日

【おしらせ】荻上直子『彼らが本気で編むときは、』×黄惠偵『日常對話』


Taisuki cafeさんで、いま台湾で公開中の「彼らが本気で編むときは、」と、来月公開の「日常對話」について映画評を書きました。どちらも今年のベルリンでテディ賞を受賞した作品です。
LGBTの問題は当事者でないとなかなか表現しづらい、言いづらい部分があり、編集者のLooky kaoさんと議論を重ねたり、トランスジェンダーの友人の話を聞きながら、数日けっこう苦しんで書いたものですが、この問題を考えていく上で、自分的に大事な一篇となりました。ちょっと長いですが、ご一読頂ければ(そして映画館に足を運んで頂ければ)嬉しいです。

荻上直子『彼らが本気で編むときは、』×黄惠偵『日常對話』 ~ふたつの国で編まれる「供養」

https://taisuki.cafe/sono/1152

2017年3月14日火曜日

【台湾Arts&Crafts③】黃淑真~台湾という樹皮より生まれる色は。



染織といって、忘れられない文章がある。
日本を代表する詩人、大岡信さんのものだ。たしか中学校の教科書にのっていた。わたしは、国語の時間にはきまって授業とは関係のない別の場所、教科書の中のまだ読んでいないところを熱心に読むという不熱心な生徒だったが、この文章は不思議と心にまとわりつき、なんどもなんども読み返した。
「言葉の力」というタイトルで、こういう風にはじまる。

人はよく美しい言葉、正しい言葉について語る。しかし、私たちが用いる言葉のどれをとってみても、単独にそれだけで美しいと決まっている言葉、正しいと決まっている言葉はない。
ある人があるとき発した言葉がどんなに美しかったとしても、別の人がそれを用いたとき同じように美しいとは限らない。それは、言葉というものの本質が、口先だけのもの、語彙だけのものではなくて、それを発している人間全体の世界をいやおうなしに背負ってしまうところにあるからである。
人間全体が、ささやかな言葉の一つ一つに反映してしまうからである。」
(言葉の力-大岡 信)

それから、大岡さんが京都の嵯峨野にある、植物染めの大家・志村ふくみさんの工房を訪れたときのエピソードが紹介される。
志村さんが、ある着物を大岡さんにみせる。ほんのりと淡いピンクだが力強さを秘めた、まさに桜の花そのままの色をした着物である。てっきり桜の花びらを煮詰めた汁で染めたのだろうと大岡さんは想像するが、志村さんに尋ねると答えは想像とまったく違った。
それは、山の桜の花が今まさに咲こうとする直前の、その樹皮をもって染めたというものだった。
それを聞いて大岡さんは「体が一瞬ゆらぐような不思議な感じにおそわれ」る。
黒く固い桜の樹皮から桜そのものの色が生まれるというのは、つまり、その時期は桜の幹も樹液も皮も、樹が全身で美しいピンク色を生み出そうとしているのであって、わたし達がふだん目にする桜の花びらのピンク色は、その発露の一部分でしかない。言葉もおなじで、言葉の「うつくしさ」「ただしさ」を支えるのは、その言葉を生み出す人そのもの、態度そのものではないか。
そう大岡さんは考える。
言葉のうつくしさというものを考察した、真珠を糸で繋げたように清冽な大岡信さんのこの一文、いま読み返すと更に胸に響きわたる感じがする。
そしてこの内容は言葉に限らず、創作ということにも当てはまるように思う。


南投にある國立台湾工藝研究發展中心で、染織の研究者である黃淑真さんにお会いした。

 

國立台湾工藝研究發展中心は、「台湾工藝の父」と呼ばれた美術家の顔水龍(1903~1997)が初代班主任をつとめた南投縣工藝研究班を前身とし、台湾工芸文化の研究に加え、技術の保存と人材育成につとめる国立の施設である。
工芸文化館や工芸設計館で企画展が行われるほか、広い敷地内にはショップやホテルもある。
また3ヶ月/半年タームで陶・染織・金工・木工・竹・漆を学べるコースがあり、費用もリーズナブルなので、職業技術訓練所のような役割も担う。
ここで研究員として染織課で教える黃淑真さんは、台南のうまれ。
台南職業高等学校の服飾部をでて、映画監督のアン・リーや候孝賢の母校として名高い台北板橋にある國立台灣芸術大学にすすんだ後、日本の東京和光大学に留学。
そこで出会った工業デザイナーの竹原あき子氏(現・和光大学名誉教授)の薦めにより染織の道をこころざし、金沢美術工芸大学研究所にて染織デザインを専攻した。
台湾に戻り、一時は台湾の有名なファッション・デザイナー温慶珠(イザベル・ウェン)の服の染めを手掛けるなど作家活動も行ったものの、今むしろ力を注いでいるのは、台湾での工芸教育と研究・普及にある。
発展中心の染織課の工房をみせてもらった。ここで綿をきれいにし、糸にし、植物で染め、糸繰りまで、時間のかかる大変な作業である。

工房の同僚、蕭靜芬楊曄さん  

屋上の広いベランダには、植物染めに使われる草木が植えてある

黃色の糸を染めるのに使う「福木」

「福木」は日本の植物染めでもお馴染みだが、台湾でもよく育つという




台湾の民話にでてくるひょうきんな妖怪の姿をした、赤ちゃんのためのおくるみ

じぶんたちで作った布を、最後に製品に仕上げる。これらの作品で量産できるものは、「NIBO《染人手作》」というブランド名で作品を紹介する。学生が技術を手にするだけでなく、そこから仕事・収入につなげていくことで台湾に染織工芸を根付かせていく、プラットフォーム作りのための試みだ。

そして黃さんには、もうひとつの顔がある。それは「繊維」を通してアジアの仲間たちを繋げる顔である。
2016年の夏に、工藝発展中心の台北分館で催されたファイバーアートの展覧会「見微顕真~The Horizon Fiberland」もそのひとつだ。副題に「Journey of Fiber Crafts across East Asia~台湾、韓国、日本、繊維工芸探検の旅」と題されたこの展覧会には、キュレーションチームの唐草設計会社と手を組んで台湾を中心に日本と韓国からも繊維工芸に関わる作家や工房を招いた。それら作家のおおくは、黃さんが現地のスタジオに足を運び招聘したものである。

韓国からは人間国宝の金孝中さん、伝統的なパッチワークを手掛ける工房「姜綿星」、日本からは黒谷和紙と、冒頭の大岡信さんのエッセイに登場した日本の染織工芸家の第一人者、志村ふくみさん・洋子さん母娘が招かれた。
地元台湾からは、志村ふくみさんも邂逅を楽しみにしていたという染織作家の簡玲亮・馮瓊珠さんほか、バナナなど台湾で育つ植物の繊維をもとに商品開発をおこなう工房、鹿港で伝統的な刺繍や香包つくりを伝える作家など、人間の生活に寄り添ってきた繊維文化がアジアの各地で色とりどりの姿・さまざまな形に息づいてきたのを体感できる、見応えのある展覧会となっていた。



繊維という題材を通して、国と国、人と人とのあいだをつなぐ糸をつむいでゆく黃淑真さんは「つむぐひと」である。
いっぽう、日本や韓国をはじめ、色んな国々の美術工芸の環境をつぶさに観てきたからこそ、台湾工芸の現状にたいする問題意識と危機感も深い。歴史的にも生活スタイルも、台湾アイデンティティを具体的にしめす文化要素が足りないと感じている。
「台湾」という樹が咲かせるのはどんな花なのか?その樹皮で糸がどんな色に染まるのか?
そう問いかけながら、黃淑真さんはきょうも日日をつむぐ。






スクリーン越し台湾通信~百日告別

台湾を、もっと深く知るためのウェブマガジン「TaisukiCafe」さまで、「スクリーン越し台湾通信」というコラムを連載しています。

最新記事は、いま日本で公開中の台湾映画「百日告別」について、2年ほど前に書いたブログ原稿に加筆修正したもの。
同じくお葬式を通して人生に対面する「父の初七日」や最近みたドキュメンタリー映画をについても触れています。

https://taisuki.cafe/sono/925

2017年3月5日日曜日

【台湾映画】德布西森林/Forest Dobussy~グエイ・ルンメイの太もも


京都の鞍馬の火祭に何度かいった。いちど、かえりの終電をのがし歩いて山を降りたことがある。
夜の京都の森は深くて暗くおそろしい。CMYKカラーでいえば「K100パーセント」あるいは「リッチブラック」というのかもしれないが、実際の夜の森の黒さは、それよりもっと深い。あんな暗さを後にも先にも見たことがない。鹿か、猿か、イノシシか。はたまた熊か。黒よりも黒い闇の中にときおり蠢く獣の気配がする。この暗さの中に昔のひとは、「鞍馬天狗」という妖怪が闇を飛び交う幻想をみた。


台湾の山で夜を過ごしたことはないけれど、きっともっと怖ろしいだろうとおもう。
長く住み慣れた日本の自然とは、全くちがう亜熱帯の植生の山々。毒虫や毒蛇。つやつやと緑色にひかる大きなクワズイモの葉っぱだって、毒がある。タロイモと間違って食べたら大変なことになる。
やっぱり森は怖い。
まずこの映画を見ながらそんなことを思った。
映画「德布西森林/Forest Dobussy」は、自暴自棄になったとある女性が恐ろしい台湾の森の夜をサバイバルするうちに、生き直す決心をする話だ。

虚脱状態の娘(グエイ・ルンメイ/桂綸鎂 )を世話しながら、母親(陸弈靜)は台湾の森深くを彷徨っている。人の気配におびえているらしいふたりは、何らかの事情を抱えて森を逃げまわっているらしい。

母親は森についてある程度の知識があるようで食べられる草や毒草にも詳しいが、母親がつかう火打ち石が、なかなか火が点かない場面が何度も出てくるのは印象的だ。
「火を使う」という人類のみに与えられた文明を失うにつれて、ふたりの言葉を介したコミュニケーションもやがて支障をきたし、ついには生命がおびやかされる。
食料やガスが水びたしになったりテントを失ったりと、だんだんと文明から引き離されていくにつれ二人の肉体が傷めつけられていく様は、いかに私たちが普段の現代生活のなかで、衣服や家や光熱・水道などに安全と生命を守られているかを、まざまざと見せつけるようだ。

最後にひとつ残されたインスタントラーメンを食べるために水を汲みに行った母親は、毒蛇に噛まれる。娘は母親を救おうと母親を背負って休む場所を探すが、母親は娘の背で息絶える(ちなみに母親を演じた陸弈靜は、この役で2016年の助演女優賞にノミネートされたが、ここの演技が評価されたものと思われる、それぐらい凄みのある死人っぷりだった)。
映画がすすむにつれ、娘がもともと国際的に有名なピアニストで人の羨む幸せな家庭を築いていたが、夫の裏切りにあったことで家に放火、夫と子供が焼死させたことも明かされるのだった。

母親を土に埋め終えた娘は、自分もその傍で死ぬことを選び、木のつるを大きな木の枝にかけて自殺をはかるが死に切れない。自殺もまた人類のみが持つ文明的行動だ。ここでも、娘が徹底的に文明から見離されたことが描かれるのだ。
死に切れなかった夜、娘は月に照らされる台湾の深い森に息づく生命の美しさを発見する。そこで呼び覚まされるのは、かつての自分が愛したドビュッシーの旋律である。
夫殺し・子殺しを経て鬼畜道に堕ちていた娘のこころに、台湾の森のうつくしさを通じて人間らしさが蘇り、ついに娘は山を降りる(=自首する)ことを決意するという、こう書くと何だか人形浄瑠璃みたいな話である。

公開当時は一ヶ月も経たずに打ち切られてしまった作品でヤフーの観客の評価も星二つと評判はかなり芳しく無かったが、わたしとしてはそこまで悪い作品だと思わなかった。
ではこの作品の一番の見どころはなにかと問われれば、ちょっと声を大にして言いにくいのだが、それは「グエイ・ルンメイの太もも」である。
じぶんが虫に刺されやすい体質だからというのもあるが、この映画でいちばん気になるのはとにかくグエイ・ルンメイが殆ど蚊に刺されないということだ。とにかく蚊の多い台湾の森で何日も虫刺されの薬なしで過ごしていたら、顔といわず身体と言わずボコボコになってしまうはずだ。
しかし、グエイ・ルンメイの顔を蚊でボコボコにするわけにはいかないのである。何故なら彼女はグエイ・ルンメイで、これはグエイ・ルンメイが主役の映画だからだ。映画だとすれば、こちらも好きな見方というものが出来るはずで、その好きな見方とは「これはグエイ・ルンメイの太ももを観るための映画である」というものだ。
そこからもうひとつ踏み込んでみれば、グエイ・ルンメイはこの映画のなかで人ではないものに成ってしまっていた、だから蚊に刺されないという見方もできる。
雨でずぶ濡れになったグエイ・ルンメイが、身体を乾かすために川沿いの岩に身を横たえるのだが、ひんやりとした絹ごし豆腐を思わせるその白い太ももを見ていてゾクリとした。
それは夫も、子も、母親をも死に追いやってしまった、台湾の森奥深くにひそむ美しき魔女の太ももなのだ。

「德布西森林/Forest Dobussy」
監督:郭承衢/2016/台湾








2017年2月20日月曜日

【台湾Arts&Crafts②】林秀鳳と竹夫人




大学から10年ほど京都で暮らした。
だから京都は第二の故郷ともいえて、特に大学のあった西京区・桂あたりは馴染みがふかい。
桂といって、京都のどまんなかで四条・祇園会館の隣にお店を構えていた世界一の喫茶店「たんぽぽ」のおかあさんに言わせれば、「まあ~ようそんな遠いとこからおいでてくれやしたなあ、おおきに。」と言われるぐらいの、京都郊外である。
「たんぽぽ」のおかあさんは、イヤミでそんなことを云うのではない。
心の底から、西は西大路あたり、北は今出川、南は九条通、東は大和大路までしか京都じゃない(いやもっと狭いかも)という「洛中洛外図」みたいな世界で生きていていた。
でも、毎回お別れするとき、わたしの二の腕あたりに「おおきに」と手を添えてくれる、それが本当に癖になった。チラリズムというか、触れたか触れないかみたいな絶妙な感触で、はじめて連れて行ってくれたのは敬愛する文筆家、安田謙一さんの奥さんだったが、それ以降もその「ひとふれ」ほしさに近場にいくと一人でも決まって伺った(いや普通の喫茶店ですよ、念のため)。残念ながら「たんぽぽ」はしばらく前に閉まってしまい、もう二度とあの「ひとふれ」には会えない。
とまあ、失われてしまった奇跡の「ひとふれ」は置いておいて、桂といえば桂離宮で有名なほか、四方に竹林の広がるタケノコの名産地である。
そして河井寛次郎によると、
「京都市外洛西の上桂に大八木治一という人が、日本竹製寝台製作所というものを作って」いて、「此処には台湾の人が十人くらい居て」、「自分の考のものをいろいろとそこで作って」もらうようになったらしい。
竹を介した日本と台湾の交流は、日本時代から行われてきたのである。
(昭和16年8月号『月刊民藝』の竹の特集における、柳宗悦、式場隆三郎との鼎談/民藝737号、寛次郎の娘・鷺珠江のエッセイより)





南投・草屯に暮らす竹工藝家の林秀鳳を訪ねた。訪問前にメールでやり取りしていた時は、言葉すくなくややぶっきらぼうな雰囲気だったので会う前はいささか緊張した。が、ひと目あってその目の色にふれ緊張は溶けた。工芸家には、繊細で優しく健康的な性格の人が多いという印象がある。工芸を支えてきた文化の積み重なりに日々向きあうことから生まれる、謙虚さによるのだろうか。
林秀鳳は草屯のうまれ。昼間は働きながら、手仕事を身につけたいと南投工芸研修所(國立台湾工芸発展中心の前々身)の夜間部に入り黄塗山に師事するようになったのが、民国60年のことである。それ以来、竹とまみえて40年以上。
現在、國立工藝発展中心の技術組にて竹工芸課を取り仕切る林秀鳳は、作家でありながら指南書や研究書を何冊も出版している研究者でもあり、この人を抜きにして台湾竹工芸の伝承を語ることはできない。竹に限らず、藤など植物編みの本も出している。林いわく
「竹はいちばん扱いにくい素材だから
竹を学べば他の植物編みもできるようになるものよ」。


昔から竹の豊富な台湾では、農具や背負う籠から始まり、椅子や机、棚などの家具や乳母車まで作るようになった。日本で使う「真竹」や「孟宗竹」と、台湾の竹は種類がちがい、材質としては日本のほうが上質であると林はいうが、発展中心の教室に飾ってあった「竹之各部応用図」をみると、その素晴らしいバラエティの富み方にあんぐりする。扇から茶道具、筆、笠などの小物から川を渡るいかだに家屋まで。生活のなかで必要な思いつく限りのものが、竹をもって作られてきたのだ。
とりわけ特徴的なのが、「母子椅子」(ブー キャア イー)である。

 

立てるとスツールだが、横にすると幼子を入れて遊ばせるベビーチェアとなる。つかまる部分には、輪切りにした竹が通してあり、子供が遊べるようになっている。釘を一切使わず竹で組み立ててあるから危険性もひくい。
この椅子は、林が作ったもので、実際に息子さんが幼いころに使用していたそうだが、河井寛次郎もかつて同じ椅子を娘さんのために作り、それは今も京都の河井寛次郎記念館に残されている。



壁にかけられてあった、花かごを長い筒にしたようなものが気になった。聞けばこれ、抱きまくらならぬ抱き竹で、呼び名を「竹夫人」という(色っぽい!)。ひんやりと肌にふれ、熱を逃がしてくれる竹の家具。しなやかでありながら、強度もあるからしっかり編めば少々からだを載せても潰れる心配はない。暑さのきびしい台湾ならではの知恵だ。




籃胎漆器や金工の技術を使った作品のほか陶芸家である夫君との合作など、基礎技術のうえに趣向をこらした作品がスタジオにならぶ。






編み方や留め方、端の処理、底の作り方など、現在伝わっている技法を駆使した作品が並ぶスタジオは、さながら台湾竹技術の資料館のよう。



林秀鳳のコレクションしている研究資料のなかで、特に気になったのがこの竹製の天使のオーナメント。かつて台湾で作られていたもので、クリスマスツリーなどの輸出用に作られていたようだ。


寛次郎は、先にあげた鼎談のなかでこんなふうにつづける。
「台湾や南方支那の竹家具ぐらい『竹』の立派な素質を出しきっているものはまれらしいと思う」
しかし、こうも語る。
「ここでおもしろい問題がある。台湾と京都とは凡そ違って居る。技術は確かに本島人のからだから出たものである。しかし、出来たものはどう見ても京都とは云えないが内地の匂がはっきり出て居る。」

かつて台湾の竹の職人が京都で作っていた竹家具は、技術は台湾のものでありながら、同じくして京都のものだった。
現在の台湾の竹工芸を見れば、京都や大阪堺の竹工芸技術に学んできたことは多いといえども、ここ南投でつくられる林秀鳳の作品はまぎれもなく台湾の林秀鳳のものである。スタジオを辞するとき、数々のうつくしい作品を産んできた林の手が、ふうわりとわたしの二の腕に触れた。
あれ、この感覚なつかしい。
なんだっけ。
そうだ、たんぽぽのおかあさんだ。


台湾と、はるか京都が、竹を通して繋がる。
南投・草屯の、風がはしって青い稲をゆらす中に建つ林秀鳳の家。
そこには竹製の枠が付いた出入り口があり、レースの暖簾がかかる。透けて風に揺れひらひらとするその向こうに、懐かしい京都洛西の竹林がみえた気がした。