2017年8月17日木曜日

【山口県の旅】萩の猫寺・雲林寺




山口縣萩市的山裡有一家貓寺「雲林寺」,就是貓奴天堂,交通非~常不方便 ,但為貓奴一定會有值得去。特別驚訝的是他們的手冊漫畫有英文版,還有中文繁體版啊!好像不少的台灣跟香港貓奴朋友已訪問過了,欸,你們的熱情真的太厲害了吧!
山口県で話題沸騰の猫寺、「雲林寺」さんに伺いました。
岡山のご出身である角田和尚さんが、色んなものに導かれるようにたどり着いたここ萩郊外の山村では、予想をうわまわる「猫愛」な世界がくりひろげられています。
昭和の曹洞宗の偉人で無為自然を説いた澤木興道師の本を読んで、仏道を志したものの、このままでは人生修行が足りないのではと思い直し、印刷会社でサラリーマンをして名古屋・東京と都市生活を過ごした角田和尚。
あらためて臨済宗へと弟子入りし、小僧としていろんな地に訪れているうち、山口に縁を得て現在の雲林寺へと赴任しました。途中、岡山で招き猫収集家だった伯母様の遺品を引き継いだあとから、いろんな方の猫グッズが奉納品として続々と集まるようになり、今に至ります。

檀家も多くが地を離れている萩の山奥で、赴任当時は雨のたびにバケツをもって寺中を走り回っていたそうですが、10年後に結婚、現在は奥様とお二人の子供さん、4匹のニャンコ(本物)、600体近くの猫像とともに、各国からお客さんを迎える毎日を送っています。本尊前には、なでるとご利益がある「びんずるさま」に倣った「びんずる猫」さま、お寺の中でみられる多くの猫像は、国際的大会でも多く入賞経験のある地元のチェーンソー・アーティスト、林隆雄さんのお手になるもの。
庭では、肉球が魅力的な猫手塔が屋根にたつ庭のほこらまわりを、ネコハギ・ネコノチチ・ネコノメグサ・マタタビなど、「猫草」たちが自然な姿でノビノビと身を伸ばしています。
また、和尚みずから企画・デザインしたグッズたちが本当にかわいい。本来なら欲から離れるための「禅寺」なのにも関わらず、物欲にまみれてしまうこと間違いなしです。


もうひとつ感動したことがありました。
萩の猫伝説を解説する漫画のオリジナル冊子が、中国語の繁体字版もあるのです(あとは英語版)。ここ一か月、山口県を取材でまわっているなかで、特に「看板やメニューに簡体字だけではなく、繁体字中文を足してほしい」という要望を伝え続けてきた身としては、格別にうれしく思いました。
雲林寺の山号は「栖月山」。わたしの「栖来」の字とおなじです!ご縁を感じるなあ。
なんだか懐かしい親戚を訪ねたような気分でした。

【戦後72年】引き揚げ・移民についてかんがえる『勿忘却事~忘却スルコト勿レ』ノート

(1)元・毎日新聞論説委員の下川正晴さんの新著『忘却の引揚げ史』をよむ。
文化人類学者・泉靖一が、旧満州からの引き揚げ途中に性的暴行を受け妊娠した日本女性に、「二日市保養所」にて当時は違法であった堕胎をほどこし戦後のあたらしい人生を与えた知られざる過去について、当時の証言や状況を掘り起こした本。
同じ女性として時に読み進めるのがつらい描写も多いですが、女性という立場を軸に戦争や歴史観について大いに考えさせられます。
https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4863291558/hnzk-22


(2)山口県長門市出身の画家、香月泰男の美術館へ取材に行く。
戦後のシベリア抑留を描いた代表作「シベリア・シリーズ」。中でも好きなのは「青の太陽」という作品です。抑留中のほふく訓練があまりにも苛酷で、蟻が巣の穴に入っていくのを見て、「ああ、自分も蟻になって穴の中で平和に暮らしたい」と願った香月が穴の中から空を見上げた、そこには昼間にも関わらず星が輝いていた(闇のように暗い穴から空を見上げると、昼間でも星が見えるらしい)・・・昼間の空に星が見えるほどの穴の暗さ、という壮絶な孤独とかすかな希望をかんじさせてくれる作品。
戦争とは、シベリアで経験したこととは何だったのか。
好むと好まざるにかかわらず、それを考え続けることが画家の一生に付きまといました。奇しくも、香月の郷土・長門にて、昨年ロシアのプーチン大統領が招かれ首脳会談が行われた際には、多くの日・ロのメディアが香月美術館へ訪れたものの、実際には記事にはならなかったそうですが、郷土を「わたしの地球」と呼んだ香月は、墓の中でどう感じていたのだろう。
ところで、香月には二人の息子さんがいて二人とも創作関係の仕事(建築)をしている。婦人は100歳でご健在。戦争に翻弄され、作品スタイルも時代ごとに大きく変わった。立石鉄臣を思い出さずにはいられなかった。

(3)山口県下関市、赤間神宮にある「大連神社」と旧満州から引き揚げた人々。

竜宮城のような下関の赤間神宮の一角に、旧満州から引き揚げてきた「大連神社」があることは、あまり知られていません。実際に終戦後、当時の大連神社の水野久直宮司の手によってご神体及び宝物が持ち帰られたもので、こういった例は大変珍しいそうです。
読売新聞の現・台北支局長、牧野田亨さんによる読売新聞誌上での10年ほど前の満州引揚者についての連載も拝読。丁寧な取材から書き起こした立派なお仕事。同じく「満州引き揚げ」といっても、本当に様々な立場や苦境があったことがわかり、その端々に(1)の下川さんの「二日市保養所」のような存在のリアリティもしのばせながら、多面的に旧満州からの引き揚げを描く、その相対的な筆致に共感しました。わたしが小学生のときに大ヒットしたドラマ『不良少女とよばれて』の原作・原笙子さん(しかもこの筆名・ロシアの「ハラショー!=素晴らしい」って言葉からつけられたと)も、当時の大連神社の舞人で、戦後に立場が逆転したことから中国人のいじめを受け、はじめて虐げられる立場を実感したという記述が印象的でした。


(4)明治期に日本最大のハワイ移民を送り出した山口県・周防大島の日本ハワイ移民資料館にいく。
「瀬戸内海のハワイ」で売り出し、カウワイ島と姉妹島として交流がある周防大島。のどかで風光明媚なこの島は、戦前は災害や人口過多で貧困に苦しみ「芋喰島」という蔑称でよばれ、日本でもっともはやくハワイに移民を送り出しました。
当地では番号で呼ばれ、サトウキビのプランテーションで働いたハワイ移民の苦難の歴史や、現地の日本人同胞による日本語・日本文化教育の資料も充実しています。また、山口県から多く渡ったペルー移民についての部屋もありましたが、第一期にペルー移民として渡った男性が身に着けていた「羽織袴」を見た瞬間に、そういう正装をして日本からいえば地球の裏側の遠い地にたどり着いた人の心境を思って、ぶわっと涙が出ました。ペルーでの移民環境は非常に劣悪で、多くの人が亡くなったそうです。
今回の山口取材では、「移民」や「引き揚げ」に関してたくさんのことを学びました。わたしたちは今、おおくの海外の人を働き手として、または住民として日本に迎えていますが、かつては日本人が逆の立場にあったことは、今ほとんど意識されることはありません。
戦前・戦後の事に関しての記憶がいまの日本人に引き継がれていない事柄は数おおくて、こういう、足元がゆるいところから未来について語ることは、とても「あやうい」感じがするのです。

2017年8月5日土曜日

【お仕事報告】nippon.comにて、ブルータスの表紙騒動について書きました

先日フェイスブック上で書いた『BRUTUS』表紙についての考察がニッポン・ドット・コムで記事になりました。先に中文繁体字版からの公開です。野嶋剛さん、高橋郁文さんに大変お世話になりました、いつも有難うございます!!!
寫了一篇關於《BRUTUS》的封面!請多指教!



《BRUTUS》的封面,臺灣人為何不爽

http://www.nippon.com/hk/column/g00425/

2017年7月12日水曜日

香港映画「十年」~香港返還20年におもう「10年」。


【お仕事報告】
台湾の日本語オンラインマガジン『Taisuki.cafe』 にて、香港映画「十年」について執筆しました。台湾では去年公開され話題となったこの作品、返還20年目を迎えたこの夏、日本でも7月22日より公開されるそうです。


香港映画「十年」~香港返還20年におもう「10年」。

https://taisuki.cafe.network/sono/2219

2017年7月9日日曜日

麗しき故郷、台湾——湾生画家・立石鉄臣を巡って



多言語サイト『nippon.com』にて、湾生の画家・立石鉄臣についての記事を執筆しました。文中に取り上げたドキュメンタリー映画『灣生畫家ー立石鐵臣』は、現在開催中の台北電影節にもノミネートされています。上映は7/13に華山光點にて。

麗しき故郷、台湾——湾生画家・立石鉄臣を巡って
http://www.nippon.com/ja/column/g00421/

2017年7月8日土曜日

【磯永吉】コメとタネをめぐる、台湾と山口のはなし。






水にはさまれて青草

梅雨雲の霽(は)れまいとする山なみふるさと  

(山頭火)

県庁農業振興課様のお計らいで、磯永吉・著『蓬莱米談話』(山口農業試験場/雨読会発行/昭和・39)を農業試験場よりお借りすることができました。
著者の磯永吉博士(1886~1972)は、日本統治時代に農業技師・末永仁と共に「蓬莱米」(台中65号)というお米を開発し「台湾蓬莱米の父」と呼ばれる農学者。 http://www.taipeinavi.com/special/5041312
ぱさぱさと細長いインディカ米だった台湾のお米と、台湾に比較的近い九州などで生産されていたモチモチで丸いジャポニカ米の一品種「中村種」を1000種以上かけあわせ、亜熱帯・熱帯である台湾の気候風土にあわせ改良された二期作のお米「蓬莱米」は、台東の「池上米」など多くのブランドを産み、いまも日々台湾の食卓へと上っています。
今回お借りした『蓬莱米談話』のなかの最後に収録されている「蓬莱米裏話」では、台湾の各地の農家と深く協力し合いながら研究をつづけた様子や、当時高品質の蓬莱米を作っていた新竹の農家で作られた米が一時は日本・東京のお寿司屋さんなどに寿司米として輸出された際、それが台湾産のお米と気づいた客はひとりもいなかったことなどが記されていて興味深い。
磯博士は戦後も、陳儀はじめ中華民国政府の強い要望をうけて台湾に留用・研究をつづけ、1957年に帰国。その帰国先に山口をえらびました(その後は横浜へ移住)。中華民国政府はその功績に感謝するため、毎年20俵もの蓬莱米を磯博士が亡くなるまで送り続けたといいます。
さて、帰国先に山口を選んだ磯博士は、防府市に暮らしながら山口農業試験場の顧問を四年間つとめましたが、そこで山口と台湾との何とも不思議な縁がつながります。台湾大学の磯永吉学会のレポートによると、蓬莱米の元となった品種「中村」は江戸からあった品種「都」系に属しており、その都系で当時あった品種は山口小鯖で伊藤音一という人のつくった「穀良都(こくりょうみやこ)」という品種である、つまり山口は「蓬莱米」の故郷にあたるというのでした。
果たして磯博士はそのことを知って帰国先に山口を選んだのかどうか不明ですが、かつて磯博士が眺めていたこの山口の田んぼで育っている稲たちが台湾の「蓬莱米」の兄弟のような存在だというのは、なんとも不思議な気がします。
この磯永吉博士による『蓬莱米談話』の半分以上は品種改良の複雑な過程や成果などバイオ的な専門分野の論文で占められており、門外漢のわたしにはほぼチンプンカンプンなのですが、そこで急に心配になったのが、ついこの前、日本の国会衆議院で可決された「種子法廃止法案」。
タネや品種改良の話って一般人には難しいし、毎日たべているお米がどういう風に作られてきたかなんて、実はこうして蓬莱米について調べるまで考えたこともありませんでした。
「種子法廃止法案」とは、平たくいえば「日本の基本食料である米・大豆・麦の種を国が守ることを放棄するもの」、つまり米などをはじめとした作物のタネの研究・供給についてもう国はサポートしませんということ。
それによってまず心配されるのが、現場である農家が培ってきたノウハウや体制が混乱することだそうですが、さらに心配なのは将来的に「簡単で育てやすい外国のタネに、現在ある国産種が駆逐されてしまう」こと。
先人の努力の積み重ねでできた美味しい日本のお米の来し方に思いをはせつつ、梅雨にそぼぬれて瑞々しい青田をながめる。
もっともっと「タネとコメのはなし」を知りたいと思いました。


2017年6月29日木曜日

【掲載情報】読売新聞国際版にてご紹介いただきました


另外個日本報紙《讀賣新聞國際版》的報導就6/20出來了。照片是在建成公園後面的y字路口拍了,昨天的《西日本新聞》同安街也是,光都不是觀光的地方,都沒有人注意過的角落,現在在日本大報社的紙上,算是很有意思的現象,就讓我認為台灣的y字路口的力量很大。有一個句子我好友水瓶子寫給我書的推薦文裡說
「這麼多樣性的路口,給了我們一個『新舊並存』的啓示!」是其實說得很好,它教給我們,不只歷史建築,怎麼大街小巷路口都有歷史。而且,能夠知道脚下的小小歷史連繫就可以養對這塊土地的愛情,這是我在書裡面要證明的事情。

西日本新聞様と同じ時期に取材頂いた読売新聞様の記事が、6/20の国際版に掲載されました。ご取材くださった読売新聞台北支局長の牧野田亨さん、素敵な記事をありがとうございます!
ちなみに牧野田さんは福岡・門司のご出身と言うことが取材中に判明。門司には祖父母が居た関係でわたしも幼いころ住んだことがあり、その後も長い学校休みの度に過ごした場所でもあったので、漫画の立ち読みに通った商店街の本屋の話などローカルな話題で盛り上がりました。
縁は異なもの味なものとは、よくいったものです。

【掲載情報】西日本新聞でご紹介いただきました


【西日本新聞記事】
6月19日づけの西日本新聞様にて、同安街Y字路のブラヒカリが!

同安街の入り口から川沿いの紀州庵までの約一キロまでを散歩しながらの取材。
拙著からの引用も組み合わせて構成された、丁寧でY字路の魅力つたわる内容になっていました、ありがたいことです。さらに、「ブラヒカリ」という文字が公の場に載った記念すべき記事もあります(笑)


ご案内しながら、台北路地の魅力に改めて感じいりました。西日本新聞台北支局長の中川博之さん、素敵なご提案と記事をどうもありがとうございました!
https://www.nishinippon.co.jp/sp/nnp/world/article/336617/

2017年5月28日日曜日

【日本映画】ママ、ごはんまだ?


主人公の一青妙さんのお母さんは、台湾人に嫁いだ日本人。
つまり、わたしの大先輩に当たるわけで、台湾に来て間もないころに、夫と家族が大げんかしている内容が全く飲み込めずひたすら不安だった頃の気持ちが蘇り、胸がしめつけられるようでした。
そんな中で言葉をおぼえ料理をおぼえて居場所を作っていった一青さんのお母さんにじぶんを、「日本人か台湾人か」で揺れた妙さんに、我が子のこれからを重ねあわせずにはいられない2時間。
一つ言えるのは、お母さんは台湾での生活やご主人の顔さんのことを大事に思っていたのだろうな、そして何より台湾のごはんが好きだったのだろうな、ということ。
もしそれが嫌な思い出であったなら、日本に帰ってからも台湾料理を作りつづけることは苦痛でしかないわけで。

お母さんが亡くなったあと、長いあいだ閉めきっていた実家のドアをあけ、その中の金庫を開け、押入れのなかにみつけた箱を開ける妙さん。
入れ子状になった「わたしの箱子」を開けつづけ、ルーツを辿りじぶんを見つけていく過程は、玉手箱をあけてじぶんの真実の年齢の姿をとりもどす浦島太郎をおもわせる。
かつてはなんて残酷な話だろうと思っていた浦島太郎の昔話だけれど、40歳を過ぎたあたりから、なんて救いのあるはなしだろうと思うようになった。
何故なら、じぶんらしく居られないことが、なにより残酷な状況であることを身をもって知ったからだ。

美味しい豚足とチマキ、明日買いに行こうっと。

【台湾ドキュメンタリー映画】擬音~台湾の音と魔術師。


「Taisuki Cafe」さんでの連載コラム「スクリーン越し台湾通信」にて、先日観てよかったドキュメンタリー映画「擬音」について執筆しました。
しられざる映画製作の裏方、フォーリー・アーティスト。ご一読いただけると嬉しいです。

【台湾ドキュメンタリー】擬音:台湾の音と魔術師。

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「黒澤明や今村昌平という巨匠たちの作品を支えてきた大御所の録音技師・Bさんの現場で何とも緊張感があったが、それまで映画の音がどのような人によって、どんな風につけられているのか全く知らなかったわたしにとって、これらフォーリーを含むサウンドデザインの現場に関わった経験は鮮烈だった。」
「職人的ということは、創造も含めて仕事が生活そのものなのである。わたしたちが映画を評価するときには、脚本や演出や芝居ということの創造性に重きを置きがちである。だが同時に、映画とは多くのクリエイティビティーを集めて作った総合芸術だということを、改めてこのフォーリーのドキュメンタリーは教えてくれる。」

2017年5月21日日曜日

久石譲&ミーシャ·マイスキー@國家音樂廳



中正記念堂の敷地内にある台北のナショナル・コンサート・ホールは、ローズウッドの壁にデコラティブな天井のガラスなど、品のよいシノワテイストただよい、非日常を感じさせてくれる好きな場所のひとつです。

この晩ご一緒したのは、台湾なでしこ会(※)の大先輩で呑み友達のF・Yちゃん。
人気の手づくり石鹸教室「Plumeria soap」の経営者として活躍している彼女、じつはかの久石譲氏の姪っ子さんということもあって、久石氏のコンサートにお誘い頂きました。

パンフレットの氏の写真をじっくり見ていると、ちょっとした表情とか目から鼻筋・頬にかけてのバランスなど姪っ子のYちゃんとそっくりで、血の繋がりってすごいな〜と思いました。
ジブリ·ワールドに無くてはならない音楽家として有名すぎる久石譲氏ですが、今回のコンサート·プログラムではジブリ音楽だけではない、多才かつ多様な久石譲世界を味わう事ができ、ナショナルシンフォニーオーケストラの演奏もその要求に応え、あっという間に過ぎた2時間半。

一曲目はエッシャーの絵をイメージして作られた久石譲作「encounter」より。
変拍子が複雑に連なりあいながら滑らかに変化していくそのさまは、フィリップ·グラスなどの影響を受けた現代音楽家である久石譲の本領発揮という感じでとても楽しい。
実際、台湾ではその名前を冠したマンションが出来ていたほど人気のある氏だが、実はご本名を藤澤守さんとおっしゃり、藤澤守名義の「はじめ人間ギャートルズ」でデビュー、その後「愛のコリーダ」で有名なクインシー・ジョーンズをモジッて、きゅういし·じょー→久石譲という芸名になったと知る人は少ないだろう。
などと偉そうに言ってるわたしもむかし、敬愛するロック漫筆家·安田謙一兄さんのラジオ番組「夜のピンチヒッター」でそれをしった。そのとき流れた久石譲氏の作ったタコ八郎のテーマソングは、それまで持っていたわたしの久石譲氏へのジブリ的固定観念を覆すものだった。久石譲さん、じつは結構パンクです。
そう思って改めてジブリを観れば、ナウシカの「ランランラララン」やインド音楽やラピュタの洞窟のシーンなど、ジブリの中にもこっそりソッチ系久石譲テイストは散りばめられているので要注意。

さて、特に素晴らしかったのが二曲目、ドヴォルザークのチェロ協奏曲より。
ミーシャ·マイスキーは、クラシックマニアの夫の影響で家で聴く事も度々あったけれど、生で聴くミーシャの音は芳醇で、長年熟成させた希少なブランディを呑んでいるかのよう。
イギリスの乾いた草原に吹く風のようなミーシャのチェロの深い音、そこに岩清水の如くほとばしり出るフルートの音色。
寄せては返す波、湖面に落ちた雨粒の広がり、小川のせせらぎ。1800年代に西洋で生まれた曲にも関わらず、自然の隅々に宿る「瞬間の永遠」を感じさせてくれ、そこには東洋的な「わびさび」もあり、まさにミニマリスト·久石譲の真骨頂を味わった気がしました。
最後の「魔女の宅急便」のテーマソングには、やっぱりもうこれは身体が反応。色んな楽団が演奏しているのを聞いた事はあるけど、ここで聞いた「うわー本物や」感はすごい。

得難い時間をご一緒させてくれた麗しきYちゃんに心からの感謝を。

※なでしこ会・・・日本人で台湾人に嫁ぎ台北周辺に住んでいる嫁の会で、もう35年続いている


2017年5月19日金曜日

【日本国内オンライン販売開始のお知らせ】


大阪のオンラインショップ「witte.」(ウィッテ)様にて、「台湾、Y字路さがし。」のオンライン販売が始まりました!!!
価格は2,000円(税別/送料別)です。
「witte.」(ウィッテ)は、わたしの母校である京都市立芸大の同窓生が始めたショップで、アクセサリーや陶磁器・オブジェなど、国内外で活躍するアーティスト/ブランドの素敵な商品を、数おおく取り扱っています。
じぶんへの、または大切な誰かへの特別なプレゼントが見つかるかもしれません。
どうぞ宜しくお願いします☆

【お仕事報告】『な~るほど·ザ·台湾』5月号





『な~るほど·ザ·台湾』5月号では、隔月で担当している連載コラム「台湾の街角」にて、龍山寺近くの「剥皮寮」で見つけた「無用階段」についてトマソンネタを書かせてもらってます。
剥皮寮?無用階段??トマソン???
という方、ぜひともご覧ください。
また、日本人学校レポートではお能の体験教室を取材。最近ちょくちょく日本人学校に取材で伺ってますが、イベント多くてホント楽しそう。ところで演目『土蜘蛛』を見ながら思ったのですが、おなじみのあの蜘蛛の糸、単なるリボンテープじゃなさそうだけど、あれを専門に作ってる業者さんが、いらっしゃったりするのでしょうか?

2017年5月18日木曜日

【お仕事報告】城南タイムス5月号


ひょんなご縁で、東京大田区の地域情報誌「城南タイムス」さんにて、台湾についてのコラムを書かせてもらいました。
タイトルは「酒と煙草と男と女。」
台湾における酒、煙草、男、女、それぞれの事情について書きました。
ところで大田区には殆ど足を踏み入れたことがないのですが、蒲田には昔撮影所もあったし、商店街とかもディープで何だか楽しそう。羽田にも近いし、今度いちどいってみたいと思います。


【中国映画】喜歡你~金城武、越来越喜歡你。

上海租界にある古いクラシックホテルで働く天才的シェフの周冬雨(去年の金馬奨で主演女優賞)が、ホテルを買収に来たドがつく大富豪でドがつく食いしん坊の金城武の胃袋をつかむ話。
「赤い薔薇ソースの伝説」ぐらいやれとは言わないが、食に性愛を暗喩させるならもちょっと破綻した部分があれば尚良とも思うけど、ヒロインの周冬雨の天真爛漫で危うい存在感が唯一そこを救っている。
ふぐの毒にあたって大雨が降る幻覚の中、二人が相合傘で上海の夜の街にさまようシーンが良くて、上海に行きたくなった。
料理で男の胃袋を掴んだとしても、風邪が治る如くふぐの毒が抜けるが如く恋は必ず覚めるので、覚めたあとは仕事としてでもなくパーフェクトな三度の食事を作り続けるのって大変な労苦じゃないかなーとすれっからしの頭で考えるバカボンのパパと同じ年のわたしは、むしろライバルシェフの志玲姐姐の立場に共感してしまうのでした。
それにしても金城武がますます面白いかんじの色男になっていて悶えたわ。
食いしん坊にはオススメの映画です。

【イベント報告】5/17 新富市場よりさがすY字路。



非常感謝「新富町文化市場」給我機會在市場裡面擺攤介紹「從新富市場尋找Y字路」的活動!
雖然今天的活動的告知宣傳其實都沒有,所以經過的客人都是日常買菜或要買食品的觀光客,但不少的客人給y字路的事情興趣,而且幾個客人把我的書買回去了!實在我沒想到在菜市場有人買書,所以超感動了。。。
另外,我平常很喜歡逛傳統市場,但以前都是為客人從移動看點的觀察,可是今天第一次得到了從定點觀察的菜市場風景,可以看得出來一個一個人的生活的樣子,真覺得很難得機會。
突然我覺得想寫「日本人看到的台北傳統市場的美麗風景」,有沒有出版社跟這個主題興趣?
追記:新富町文化市場路口的餅店女兒「靜」將做的「福州餅」很棒!

龍山寺近くの新富市場にて、日本時代の市場の建物(1935年完成)をリノベーションし文化スペースとしてこの3月に開幕した「新富町文化市場」。その入り口にある小さなスペースで、今日は新富市場付近のY字路を紹介するイベントを企画していただきました。
向こうは豚肉屋さんで豚の頭の皮や脚がぶら下げられ、向かいにはパンツが山と積まれた下着屋、右隣は福州餅を売っていて左隣は野菜屋さん、その野菜たちに紛れて並べられたY字路本、、、というなんとも楽し過ぎるゲリライベント。

前もっての告知や宣伝もないなか、生活用品や食料品を求めて来る通りすがりのお客さんや観光客の中で、突如現れた場違いな日本人のY字路本に興味を持ってもらえるか実はちょっと不安だったのですが、熱心に興味を持って話を聞いてくださったり、あまつさえ本を買って下さる方たちもいて、たった2時間ほどのイベントでしたが充実した時間となりました。地元のお婆ちゃん達との交流も楽しかったです。

何より、普段は買い物客として移動しながら観ている台湾伝統市場の風景を、逆の位置から定点観察で道行くお客さん達を眺めるというのは貴重な経験で、「台湾伝統市場」をテーマにした本を書いてみたくなりました。機会をくれた「新富町文化市場」の楊紋昌さんに心より感謝!
ちなみに右隣の餅屋の娘っこ「静」ちゃんの作る、お祖父ちゃん直伝の老麺(天然酵母)福州餅(ベーグルみたいなやつ)がすごーく美味しい。新富市場においでの際はぜひとも味わっていただきたいです。




新富町文化市場  
臺北市萬華區三水街70號  http://www.jutfoundation.org.tw/project/1/95


2017年4月8日土曜日

【日本映画/ネタバレ】ぼくは明日、昨日のきみとデートする ~現実的な、あまりに現実的な。



小学校のときに海沿いにある街に住んでいて、遠洋にでる船乗りさんがお父さん、って友達が何人かいた。そういう子の家にあそびに行くと、きまってアフリカとか南の島とか何とかグアとかの国々から買ってきた謎の仮面(漫画『動物のお医者さん』で漆原教授がコレクションしてるみたいなやつ)や木彫の母子像がいっぱい飾ってあって、ドキドキした(そういう像は大抵オッパイむきだしだから)。

ある日、友達のひとりが言った。彼女のお父さんは大きなフェリーの船長さんらしかった。
「うちの両親って、なんかずっと恋人同士みたいなの。お父さんが帰ってくるの半年にいっぺんぐらいだけど、そしたら二人で出かけちゃうし、すごく仲いいの。」

うちは両親が不仲だったから、それを聞いてすごく羨ましかった。
でも反面、なんだか切ない気分になった。人生をいきてまだ10年ぽっちなのに、人生の秘密を知ってしまった気がしたからである。
どんな秘密でしょうか?
それは、恋愛期間には「絶対量」があるという、身も蓋もない真理である。
10~20代ぐらいならこの映画『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』/中文タイトル:明天,我要和昨天的妳約會)を見て世に言う「キュンキュン」しちゃうのかもしれないが、こちとらもう「すれっからし」なのである。あんまり期待せずに観たのだが、どっこいなかなか、いい映画ではないですか。
恋愛期間には絶対量がある、っていう身も蓋もなさをついている。


高寿(福士蒼汰)は京都の美大に通う大学生だが、通学の電車のなかで見かけた女の子に一目惚れをする。電車を降りて追いかけ、告白する高寿。相手は美容の勉強をしている愛美(小松菜奈)で、また会う約束をして別れる。
翌日クロッキーにでかけた動物園で、高寿は愛美に声を掛けられる。
「そうか、これが廊下に飾られる絵かあ。」
数日後、そのスケッチは本当に先生に褒められ、廊下に貼りだされた。未来を予言するかのような愛美の言葉を不審におもう高寿。デートを重ねるうちに高寿は、愛美が家に忘れていったスケジュールノートを見てしまう。そこには愛美の驚くべき秘密が隠されていた。


まあ端的にいえば、一ヶ月という期限つきで恋愛することを定められたカップルの話なんですね。
期限付きの恋愛映画というと、不治の病だとか使い古された設定な感じがするけれど、この映画の場合はSF的な仕掛けがあって、そこがなかなか面白い。それは相手の愛美が高寿の現実の時間軸と逆行して歳を取っていく(一日24時間は同じ時間軸で過ごせるけど、日付が変わると一日ずつ過去へさかのぼっていく)、パラレルワールドの住人という設定である。
二人の住む世界は、5年に一度ごとの周期で月の満ち欠けする30日間ほど重なり合うことになっている。4回めに重なりあうのは、ちょうど二人が20歳になったとき。20歳という同じ歳同士で出会ったその30日間だけが、二人がカップルとして過ごせる運命の時期なのだ(たしかに10歳と30歳、15歳と25歳の組み合わせだと犯罪ぽくなってしまう)。
しかも二人の時間軸が逆行しているので、高寿が愛美に出会って一目惚れした初めての日が、愛美にとっては高寿と恋人同士として過ごす最後の日なのである。
手を繋いだり、キスしたり、抱き合ったり。高寿にとって初めての行為=愛美にとっての最後の行為。だから愛美はよく涙を流すんだけれど、仕掛けがわかるとこの涙が「効いて」きて、早逝が惜しまれる漫画家・吉野朔実のスイートかつエキセントリックな世界を髣髴とさせる。

映画ではふたりは違う世界に住んでいるから、恋人同士として与えられた時間は30日しかない。二人が恋愛を育んで、夫婦になったりする可能性はゼロである。以前、同じくパラレルワールドものの「君の名は。」についても身も蓋もない感想を書いたが、
(『君の名は~かたわれどきの賞味期限https://taipeimonogatari.blogspot.tw/2016/11/blog-post_9.html
それでも「君の名は。」は将来的にお互いを探し当てたという部分において、この「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」とは意味合いがちょっと違ってくる。

でも。
でもですよ。
恋愛感情を交わすというのは、パラレルワールドに住む者同士が一時期に接点をもち、またすれ違っていくことに似てはいないだろうか。その後はどんどん離れていき、また近づくことはあっても、それがかつてと同じ環境と熱量をもつことはない。

最初は一方的だった感情がだんだんと平衡し、やがて平衡が崩れる。

普通に同じこの世界に住む恋人同士だって、お互いの恋愛熱量の平衡バランスが取れているといえるのって、合計すれば30日ぐらい、珍しく長くて3ヶ月ぐらいなもんではないか。
もちろん、盛り上がったり冷めたりを繰り返しながらカップルって存続するのだが、お互い「この人に恋していて、ちょうどこの人も同じぐらいに自分に恋しているなあ」と感じられるのってせいぜいそんなもんというのが筆者の経験則である(あくまでも当社比なので、或いは「イヤ数年は」ていう人も居るかもしれないが、相当幸せな方だろう)。
大抵は少々バランスが崩れても別の感情で補完できるので、実際の付き合いはもっと長く続けられる。それは友情とか家族的愛情とか仲間意識とか、そういうものかも知れない。人は恋のみによって生くるにあらず。

そんなわけで「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」は、SFみたいな非現実的な体裁をとりつつ、じつは現実的な、残酷なほどに現実的な、物語なのである。


もうひとつパラレルワールドや身も蓋もなさという以外に、この作品には「君の名は。」との共通点がある。それは、東日本大震災を経験した上での「喪失感」を想起させざるを得ないところだ。
どこかの論評で、「君の名は。」において湖に沈んだ街の景色は女川などの被災地との類似性が見られるとの指摘をみて「なるほど」と思った。今となっては、出来ればあの日に戻って「早く逃げて」と知らせたかった、という想い。「君の名は。」が出来た背景にあるのはその「助けることができなかった」想いの投影であり、東日本大震災を経験した日本人だからこそ、あの作品が出来たというのである。

あの震災は、人がふつうの生活を送っているなかで唐突にすべてを奪われる現実があらわれ得ることを、わたしたちに突きつけた出来事だった。被災して大事な方を失った多くの人が、実行できなかった「もっとこうしていればよかった」を何度も反芻しながら苦しんでいる。そのことをわたしたちは、2011年のあの日以来さまざまな形で知っている。
高寿と愛美のように、今この瞬間こそが自分たちに残された運命的な時間だと未来に起こる出来事を通じて知りえたならば。しかし日常とは、そんなかけがえのなさを感じながら過ごすには、あまりにも日常的にすぎる。
そして、難しいからこそ「かけがえのなさ」にひとり努力を重ねる愛美の涙が、観るものの心に切なく染みてくるのである。


ところで、京都を第二の故郷と想い定めているわたしにとって、「比叡山電鉄」「寺町通」「白川沿い」「宝ヶ池」から「みなみ会館」まで、馴染みの深い風景がいろいろ見れたのは殊のほか楽しかった。
もちろん「なんで『みなみ会館』で映画見るのに三条大橋で待ち合わせしてサラサでカレー食うねん~!」というツッコミどころも満載で、さいきん台湾版も出版された名作漫画『逢澤りく(ほしよりこ作)』のなかで描かれていた京都人の家族団欒あるある→「京都で撮影されたミステリードラマのロケ地の不合理性にツッコミを入れながら観る」というシーンを、思いうかべずにはいられなかった。


『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』
(中文:明天,我要和昨天的妳約會)
原作:七月隆文/監督:三木孝浩/2016/日本















2017年4月3日月曜日

【おしらせ】荻上直子『彼らが本気で編むときは、』×黄惠偵『日常對話』


Taisuki cafeさんで、いま台湾で公開中の「彼らが本気で編むときは、」と、来月公開の「日常對話」について映画評を書きました。どちらも今年のベルリンでテディ賞を受賞した作品です。
LGBTの問題は当事者でないとなかなか表現しづらい、言いづらい部分があり、編集者のLooky kaoさんと議論を重ねたり、トランスジェンダーの友人の話を聞きながら、数日けっこう苦しんで書いたものですが、この問題を考えていく上で、自分的に大事な一篇となりました。ちょっと長いですが、ご一読頂ければ(そして映画館に足を運んで頂ければ)嬉しいです。

荻上直子『彼らが本気で編むときは、』×黄惠偵『日常對話』 ~ふたつの国で編まれる「供養」

https://taisuki.cafe/sono/1152

2017年3月14日火曜日

【台湾Arts&Crafts③】黃淑真~台湾という樹皮より生まれる色は。



染織といって、忘れられない文章がある。
日本を代表する詩人、大岡信さんのものだ。たしか中学校の教科書にのっていた。わたしは、国語の時間にはきまって授業とは関係のない別の場所、教科書の中のまだ読んでいないところを熱心に読むという不熱心な生徒だったが、この文章は不思議と心にまとわりつき、なんどもなんども読み返した。
「言葉の力」というタイトルで、こういう風にはじまる。

人はよく美しい言葉、正しい言葉について語る。しかし、私たちが用いる言葉のどれをとってみても、単独にそれだけで美しいと決まっている言葉、正しいと決まっている言葉はない。
ある人があるとき発した言葉がどんなに美しかったとしても、別の人がそれを用いたとき同じように美しいとは限らない。それは、言葉というものの本質が、口先だけのもの、語彙だけのものではなくて、それを発している人間全体の世界をいやおうなしに背負ってしまうところにあるからである。
人間全体が、ささやかな言葉の一つ一つに反映してしまうからである。」
(言葉の力-大岡 信)

それから、大岡さんが京都の嵯峨野にある、植物染めの大家・志村ふくみさんの工房を訪れたときのエピソードが紹介される。
志村さんが、ある着物を大岡さんにみせる。ほんのりと淡いピンクだが力強さを秘めた、まさに桜の花そのままの色をした着物である。てっきり桜の花びらを煮詰めた汁で染めたのだろうと大岡さんは想像するが、志村さんに尋ねると答えは想像とまったく違った。
それは、山の桜の花が今まさに咲こうとする直前の、その樹皮をもって染めたというものだった。
それを聞いて大岡さんは「体が一瞬ゆらぐような不思議な感じにおそわれ」る。
黒く固い桜の樹皮から桜そのものの色が生まれるというのは、つまり、その時期は桜の幹も樹液も皮も、樹が全身で美しいピンク色を生み出そうとしているのであって、わたし達がふだん目にする桜の花びらのピンク色は、その発露の一部分でしかない。言葉もおなじで、言葉の「うつくしさ」「ただしさ」を支えるのは、その言葉を生み出す人そのもの、態度そのものではないか。
そう大岡さんは考える。
言葉のうつくしさというものを考察した、真珠を糸で繋げたように清冽な大岡信さんのこの一文、いま読み返すと更に胸に響きわたる感じがする。
そしてこの内容は言葉に限らず、創作ということにも当てはまるように思う。


南投にある國立台湾工藝研究發展中心で、染織の研究者である黃淑真さんにお会いした。

 

國立台湾工藝研究發展中心は、「台湾工藝の父」と呼ばれた美術家の顔水龍(1903~1997)が初代班主任をつとめた南投縣工藝研究班を前身とし、台湾工芸文化の研究に加え、技術の保存と人材育成につとめる国立の施設である。
工芸文化館や工芸設計館で企画展が行われるほか、広い敷地内にはショップやホテルもある。
また3ヶ月/半年タームで陶・染織・金工・木工・竹・漆を学べるコースがあり、費用もリーズナブルなので、職業技術訓練所のような役割も担う。
ここで研究員として染織課で教える黃淑真さんは、台南のうまれ。
台南職業高等学校の服飾部をでて、映画監督のアン・リーや候孝賢の母校として名高い台北板橋にある國立台灣芸術大学にすすんだ後、日本の東京和光大学に留学。
そこで出会った工業デザイナーの竹原あき子氏(現・和光大学名誉教授)の薦めにより染織の道をこころざし、金沢美術工芸大学研究所にて染織デザインを専攻した。
台湾に戻り、一時は台湾の有名なファッション・デザイナー温慶珠(イザベル・ウェン)の服の染めを手掛けるなど作家活動も行ったものの、今むしろ力を注いでいるのは、台湾での工芸教育と研究・普及にある。
発展中心の染織課の工房をみせてもらった。ここで綿をきれいにし、糸にし、植物で染め、糸繰りまで、時間のかかる大変な作業である。

工房の同僚、蕭靜芬楊曄さん  

屋上の広いベランダには、植物染めに使われる草木が植えてある

黃色の糸を染めるのに使う「福木」

「福木」は日本の植物染めでもお馴染みだが、台湾でもよく育つという




台湾の民話にでてくるひょうきんな妖怪の姿をした、赤ちゃんのためのおくるみ

じぶんたちで作った布を、最後に製品に仕上げる。これらの作品で量産できるものは、「NIBO《染人手作》」というブランド名で作品を紹介する。学生が技術を手にするだけでなく、そこから仕事・収入につなげていくことで台湾に染織工芸を根付かせていく、プラットフォーム作りのための試みだ。

そして黃さんには、もうひとつの顔がある。それは「繊維」を通してアジアの仲間たちを繋げる顔である。
2016年の夏に、工藝発展中心の台北分館で催されたファイバーアートの展覧会「見微顕真~The Horizon Fiberland」もそのひとつだ。副題に「Journey of Fiber Crafts across East Asia~台湾、韓国、日本、繊維工芸探検の旅」と題されたこの展覧会には、キュレーションチームの唐草設計会社と手を組んで台湾を中心に日本と韓国からも繊維工芸に関わる作家や工房を招いた。それら作家のおおくは、黃さんが現地のスタジオに足を運び招聘したものである。

韓国からは人間国宝の金孝中さん、伝統的なパッチワークを手掛ける工房「姜綿星」、日本からは黒谷和紙と、冒頭の大岡信さんのエッセイに登場した日本の染織工芸家の第一人者、志村ふくみさん・洋子さん母娘が招かれた。
地元台湾からは、志村ふくみさんも邂逅を楽しみにしていたという染織作家の簡玲亮・馮瓊珠さんほか、バナナなど台湾で育つ植物の繊維をもとに商品開発をおこなう工房、鹿港で伝統的な刺繍や香包つくりを伝える作家など、人間の生活に寄り添ってきた繊維文化がアジアの各地で色とりどりの姿・さまざまな形に息づいてきたのを体感できる、見応えのある展覧会となっていた。



繊維という題材を通して、国と国、人と人とのあいだをつなぐ糸をつむいでゆく黃淑真さんは「つむぐひと」である。
いっぽう、日本や韓国をはじめ、色んな国々の美術工芸の環境をつぶさに観てきたからこそ、台湾工芸の現状にたいする問題意識と危機感も深い。歴史的にも生活スタイルも、台湾アイデンティティを具体的にしめす文化要素が足りないと感じている。
「台湾」という樹が咲かせるのはどんな花なのか?その樹皮で糸がどんな色に染まるのか?
そう問いかけながら、黃淑真さんはきょうも日日をつむぐ。