2016年12月30日金曜日

【台湾映画】再見瓦城(ネタバレ有)~男と自己実現は二者択一なのか?



「感謝台湾電影!感謝台湾!

生きのびる以外の夢を見ることは許されないようなミャンマーの片田舎で生まれた子供が、今ここで、今年もっとも優れた監督に選ばれました。
これがひとつの、人に勇気を与えるサクセスストーリーと呼べるとすれば・・・
まさにここ台湾こそが、そんな物語を生み出せる場所なのです。」

今年の金馬奨6部門でノミネートされたにも関わらず、無冠におわった台湾映画「再見瓦城」だが、その代わり、監督自身はその年に台湾で最も優れた映画人に与えられる賞「年度台灣傑出電影工作者」に選ばれた。冒頭は、金馬授賞式後に設けられたアフターパーティーで語られたMidiZこと、趙德胤監督の言葉の最後の部分だ。


趙德胤監督は1982年のミャンマー生まれで、16歳のときに台湾に来て学校に通い始めた。
趙監督を台湾へ留学させるための経費は、当時ミャンマーでは一軒家が建つのに相当したらしく、その八割方は、監督のお姉さんがタイで働きながら食うものも食わずに貯金したものだという。映画「再見瓦城」も、実際に密入国してタイで働いていた監督の兄姉の経験がモデルとなっている。監督自身の生い立ちが、先進国の日本や台湾では今時珍しくなった種類の立身出世物語ということもあってか、そのスピーチは多くの台湾人の感動を誘い、FB上で何度もシェアされ、拡散された。
わたしもその言葉に心を動かされたひとりで、メディアでの前評判も高かったし「再見瓦城」を楽しみに観に行った。そして結局、なんだか残念なきぶんで映画館をでた。


阿國(柯震東)は、ミャンマーからタイへ密入国するときに知り合った蓮青(吳可熙‬)に恋をする。
労働ビザをもっていない蓮青が、まともな職にありつけず皿洗いの仕事で苦労しているのを見かねた阿國は、自分の従兄弟が管理する紡績工場で一緒に働こうと蓮青を誘う。
紡績工場の給料は悪くないが、辺鄙な場所にあり、仕事も単調でつまらない。都会で別のもっといい職を得るための労働ビザ取得に必死になる蓮青と、お金が貯まれば蓮青を連れていつか故郷へ帰り、服飾店をひらきたいと願う阿國の心は、いつしかすれ違っていく。
労働ビザを取るさいの賄賂資金を貯めるため、蓮青は性産業に従事するようになり、その状況に耐えられない阿國は、憂さをはらすために麻薬へとはまっていく。
ついにとある朝、阿國は蓮青が暮らす部屋へ忍び込み、寝ている蓮青の胸を刺して、そのまま自分も首を掻き切り蓮青のそばで息絶えるのだった。


あらすじを書いていて、去年話題になった映画「生酔夢死」を思い出した。なんともかんとも、やるせない。そのやるせなさ加減がちょっと似ている。しかも恋人と故郷にかえってまったり暮らしたい若い男と、自己実現したい若い女。最近こんな映画どっかでありませんでしたか・・・あ、そうだ、「六弄珈琲館」だ。

「生酔夢死」の場合、とにかく最初から最後まで登場人物が飲んだ暮れていたのに対し、こっちの「再見瓦城」では、ひたすらインスタントラーメンやら麺を茹でただけの、肉どころかモヤシ1本ネギのひと欠けらさえ入ってない素の麺を女主人公はじめ登場人物たちが食いつづけるのは印象的だった。

劇中で女主人公の蓮青は、バンコク郊外の紡績工場でひたすらプラスチック繊維をつくるのを仕事としているが、その石油から出来た化繊をたぐる姿は、まるで芥川龍之介の「蜘蛛の糸」のごとく、這い上がることのできる頼りない糸をみずから必死につむいでいるかのようだ。
身分もなく身寄りもなく、同じように社会の底辺でもがいている越境者の仲間たち。誰もが一匹のちいさな蜘蛛のように、外国で小さな居場所を紡ごうと必死で糸を吐きつづける。そして、小さな巣を張っては、その糸を栄養も何もなく炭水化物を伸ばした、ただその日を生きながらえるだけの「麺」として消費する。生活にはなんら保障はなく、仕事が元で例え足を失ったとしても、得られる見舞金はわずかばかりである。彼らの存在自体が、その日その日で消費される「インスタントラーメン」そのものなのだ。


じつは半分ぐらいで「あ、さいご殺るな。」とわかってしまった。なので、そこからどういう風に最後まで組み立てていくのか、それからどう終わらせるのかを注目していたのだけれど、蓮青がはじめて身体を売るときの表現(なぜか突然、相手客がでかいトカゲの姿であらわされる。これって性的表現が苦手な台湾観客への気遣いか?)やら、阿國が地獄の炎を燃やしていて修羅の道に堕ちていく表現など観客と距離を取った描写で、どうしても二人に感情移入したり共感したり出来なかった。阿國がプレゼントしたネックレスだって、ポスターにまで登場したせっかくの小道具だっつーのに後ほど何の伏線としても響いてきやしないじゃないか。

奇しくも同じ時期にエドワード・ヤン監督の大傑作、「牯嶺街少年殺人事件(クーリンチェ少年殺人事件)」のディレクターズカット版を念願のスクリーンで観た。これと「再見瓦城」、じつは、社会が大きくうねる歪みの中で育ったプラトニックな純愛が悲劇をたどるという、似たような構造を持っている。
そして導かれる結末もほぼ一緒なのだけれど、受ける印象は全く異なる。
「牯嶺街」のほうが、何千何万というパズルピースをひとつずつ細かく積み重ねていって一つの悲劇的な図柄を納得させたのに対し、「瓦城」のほうは今一つそのパズルピースが揃わず多くが抜け落ちている印象だ。一滴ずつぽたぽたとバケツに溜まった小さな苦しみや歪みが、表面張力のぎりぎりまで漲ってついには溢れだした、「牯嶺街」にあったそんな「漲り」を「瓦城」は描けていない。「牯嶺街」とちがって、結末になんの救いも感じられず虚しく終わった気がしたのは、そんなところにある。
「再見瓦城」をみた知人の何人かが、「結末がつらすぎる」といった。わたしもそう思う。どこかしら救いのある映画がすきだ。歳をとるごとに、ますますそう思うようになった。
だってシリアのニュースをちょっとググってみればいい。
7歳の女の子が殉教するといって自爆テロをしたニュース。
アレッポの戦火のなか絶望のふちに落とされ泣くことも忘れてしまった5歳の男の子。
ただでさえ、胸が張り裂けそうになるぐらい哀しいニュースで世の中溢れかえっている。誰かの哀しみが、映像が、すぐそこまで届くこの時代、ドキュメンタリーならともかく、せめてフィクションの映画ぐらいは救いのあるものであってほしい(これは、単なるわたしの好みの問題ではあるけれど)。
でも、逆にいえば「牯嶺街」のように結末まで説得力が持続する映画であれば、そこにあからさまな救いは必要ないのである。

一番よかったのは、阿國のスクーターの後ろで雨に濡れながら泣きじゃくる蓮青の、水の中の魚の涙的苦しみだが、これと水をかけながらの楽しいパーティーの対比など、「映画記号」的には優等生に描けているものの、どうも胸に迫るものが無かった。本国で辛い立場にあるミャンマー華人の越境物語というひじょうに面白い題材を扱っているにもかかわらず、結果的に、監督のスピーチの「成功譚」が映画のいちばんの救いとなってしまったことは、何とも皮肉なかんじがする。
が、まだ35歳で、これだけのものが撮れるのだ。これからが益々楽しみなことには違いない。でも金馬奨の審査員は何を思って6部門にノミネートしたのかは、イマイチよく理解できなかった。

東南アジアから台湾に出稼ぎに来ている外国人労働者(台湾では略して「外勞‐ワイラオ」とよぶ)の女の子を、何人か知っている。
どの人も、夫の実家や友達の家や職場で会った。その中のひとりは、結構な美人だった。インドネシアの田舎に夫と小さな子どもを置いてひとりで台湾に働きに来ていた。そして若い彼氏がいた。毎日、仕事のおわる9時を過ぎると高校生みたいにベランダで彼氏と電話で一時間ぐらいおしゃべりして、週末には仲間が集まる郊外のダンスクラブに遊びに行っていた。
じつはわたし、台湾に来る前は彼女たちに対して家族と離れて働いて可哀想、みたいな気持ちを持っていた。でも、彼女たちをみるうちに、そういうわたしの印象はひとつの(しかも上から目線の)偏見でしかないことを知った。
ものすごい片田舎で育ち自分の意志とは関係なく結婚して子供を産んだ彼女たちが、台北のような都会に来て、ファッションや友達とのお喋り、自由な恋愛を楽しむ機会を得る。「外勞‐ワイラオ」であることは、彼女たちのひとつの自己実現の場でもあるのだ。
でも、皆が皆、最初からそんな環境を得ているのではない。厳しい雇い主の元で耐え、知恵をつけ、仲間と情報交換してたくましくなりながら、そういう環境を勝ち取っていくのだ。
「再見瓦城」の女主人公・蓮青のセリフに、一度だけ台湾が出てきた。
「お金を貯めて台湾にいきたい」。
それを聞いて、わたしの知っているたくましく自己実現する彼女たちを思い出した。あのセリフには何か、阿國が1ミリ足りとも入り込む隙間がないかんじがした。とても「オレも一緒にいく」とか言えない雰囲気。いや、「オレも一緒にいく」って言ってくれたら、先はどうあれとりあえず嬉しいと思うんだよね、女は。いや、そのうち足手まといってやっぱり思ったりして。それを男が先に思うのか、女が先に思うのか、まあどうなんでしょう。

そういえば香港映画「十年」でも、中国に飲み込まれてゆく香港人にとって「台湾」がまるで最後のとりでのように語られるシーンがあった。日本から観た姿とは、ひと味ちがうアジアの中での「台湾」という存在が感じられる瞬間、これまたアジア映画をみる面白みといえるだろう。
台北地下鉄MRTの南勢角という駅の近くにミャンマー人街があって、一度行ったことがある。絵文字みたいな可愛いミャンマー語であふれていて、何だかのんびりした雰囲気だったが、あそこの人たちの多くもかつては難民のように戦下のミャンマーを命からがら脱出してきたと聞いた。同じミャンマーでもルーツが異なるのかもしれないが、趙德胤監督には今度は、台湾を舞台に映画を撮ってほしいとおもう。


「再見瓦城」
監督:趙德胤/台湾/2016







2016年12月17日土曜日

【出書預告/著書出版予定のおしらせ】

書名:在台灣尋找Y字路/台湾、Y字路さがし。
作者:栖來光(筆名,本名謝光子)
譯者:邱函妮(台灣美術史研究者)
出版社:玉山社出版公司(台湾)
出版日期:2017年1月5日
言語:中日文對照
「在台灣找房子居住時,通常會避開所謂的路衝,也就是丁字路或三岔路(Y字路)的交界處。然而,作為店面而言,位於三叉路上的三角窗可說是人潮湧來的金店面。觀點的不同,決定了一個場所是吉是凶。栖來光來自日本,在台灣居住十年,她以獨特的眼光挖掘隱藏在Y字路底下的故事,冷澈幽默的文學筆調,古往今來的時空敘述,令人不忍釋卷。
作者對台灣的認識頗深,每每令我感嘆不已。她以貼近住民的眼光,卻又跳脫住民習以為常的慣性,寫出了台灣人所不知曉的過往。Y字路彷彿變成召喚我們進入不可思議旅途的起點,往左或往右,命運將會大大地不同。在她的筆下,平凡無常的Y字路彷彿有了生命。有的是風度翩翩的老紳士,有的是魅惑的夢中女郎,有的背負著滄桑的歷史命運,有的只是平凡如你我的普羅大眾。在面臨Y字路時,有人不經思索地向前邁步,有人卻躊躇著要往左或是往右。然而,在決定方向前,不妨先停下腳步,聆聽Y字路想要告訴我們的故事吧!」(譯者・邱函妮推薦)
長らくFB上で、しつこくお目にかけていた「台湾Y字路シリーズ」。45か所の台湾Y字路をめぐる45篇のエッセイが、あらたな年が明けるとともに、台湾で一冊の本になります。
本のタイトルは「台湾、Y字路さがし。」
2017年1月5日発売で、それ以降に台湾の本屋さんに並ぶ予定です。プレスリリースより、内容紹介は以下↓
「美術家・横尾忠則氏の命名した『Y字路』(三叉路)は、台北はじめ台湾のあちこちで見つけることが出来るが、その成り立ちは古い水路・鉄道・道路の開通など時代により移ろう都市計画と深くかかわっている。45のY字路に埋もれた物語を掘りおこす、ガイド本には絶対のらない台湾案内。」
わたしにとって、初の著書となります。
出版社は玉山社出版公司、中国語と日本語の併記なので、日本のお友達にも読んでもらえます!
日本でも、扱ってくださる本屋さんなど、おいおい探したいと思っています。お心当たりあれば、お知恵を貸していただけると嬉しいです。
そして、これを機に「筆名はじめ〼。」
というのも、「謝」のままだと、とくに台湾でご挨拶する人全員に「なんで台湾人の苗字なのか」という事情をいちいち説明しなければならず、大変なためです。
新しい名前を、栖来ひかり(すみき・ひかり)といいます。
栖は、「奥の細道」の冒頭
「月日は百代の過客にして、行き交う人も亦旅人なり。船の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして旅を栖(すみか)とす。」
から、一文字いただきました。
ふだんの暮らしの中でも、旅のなかにいるような新鮮なきもちと観察の眼をこらして、執筆をつづけて行きたいとの気持ちでつけました。
2017年以降の執筆活動はすべて「栖来ひかり」名義で行っていきたいと思っています。どうぞ引きつづき、よろしくお願い申し上げます。
以本書的出版為契機,開始使用筆名「栖來光」。「栖」是從日本詩聖松尾芭蕉的「奥之細道」的一節――「月日者百代之過客,來往之年亦旅人也。有浮其生涯於舟上,或執其馬鞭以迎老者,日日如行旅,旅行即棲所」的日文原文中,摘取「栖」(棲)一字來作為筆名。在此筆名中有著這樣的自我期待――在平凡的日常生活中,希望也能帶著旅行中的新鮮眼光來觀察身邊事物,並持續地從事筆耕活動。敬請大家多多指教。
   2016年12月14日 栖來光/栖来ひかり
         
                    

2016年12月11日日曜日

【台湾映画】一路順風 God Speed ~黄色いタクシーは小籠包の夢をみるか。


台湾生活に欠かせないもの。黄色いタクシー。
初乗り70元(250円ぐらい)なので、便利でつい乗ってしまう(最近値上がりしたが)。
危ないめ・怖いめに遭ったことは、今のところ一度もない。しかし年に一度ぐらいは日本人が何らかのタクシー関連の事件に巻き込まれるニュースを耳にする。
こちらに来て、夫に教えられたタクシーを選ぶポイントは二つ。なるべく新しい車に乗ること。大きな会社のタクシーにのること(事故ったときに保険が効くから)。

しかしいざ、街できれいなタクシーを捕まえようとすると、これがなかなか難しい。二台の車が信号待ちで並んでいる。手前のキレイ目の車に手を挙げる。それなのに向こう側にいたはずのオンボロ・タクシーが幽霊みたいにヒュ~ドロドロっとキレイ目タクシーの手前に車体を滑らせて、わたしの前にピタッとつけてくるのだ。そして、キレイ目タクシーはスッーっと走っていってしまう。
そんな時、オンボロに対して心にわきあがる「おまえじゃない」感は物凄いものがあるが、手を挙げた手前もあり仕方なくそのオンボロに乗る。
そういうタクシーは大抵、車内はスエた、何ともいえない古い髪油みたいな匂いがする。運転手さんは変に愛想がよく人良さげに笑いかけてくる。長いこと乗ってるから道にも詳しいが、運転は総じてあぶなっかしい。だからいつも、「次はぜったいオンボロには乗らないぞ」と固く心に誓うのだが、そのうちまた乗る羽目になってしまう。
これって割りと多くの人が経験したことある「台北タクシーあるある」と思うのだが、思い当たる人はきっと、この映画「一路順風」の許冠文(マイケル・ホイ)演じる香港から流れてきたオンボロ・タクシーの運転手のあまりのリアルさに笑ってしまうだろう。

「次はぜったいオンボロには乗らないぞ」と固く心に誓いながらも、何となくうっかり、絶対に再び乗ってしまうオンボロ・タクシーとは、まるで「もうその手にはのるもんか」とおもいながらまた同じような穴に落っこちてしまう人生そのものだ。

「一路順風」は、まともな職に着こうとしたのに何故か麻薬の運び屋になってしまったチンピラ・納豆(最近味わい深さを増している納豆、大好き!)と、納豆を乗せて台湾南部へと向かうタクシー運転手、マイケル・ホイが次々とヤクザのハプニングに巻き込まれる台湾版「アウトレイジ」といった感じのロード・ムービーだ。
「一路順風」とは「物事が予定通りスムーズに運ぶ」という意味で「お気をつけて」という挨拶として使われるが、意味に逆行するようにトラブルが次々起こるストーリーのタイトルとして非常に秀逸で、石橋を徹底的に叩きまくって渡るタイプの慎重な、覚せい剤をシノギにしているヤクザの親分(レオン・ダイ)も、最後は思いもよらない無意識の「裏切り」に合うのである。

そういう鍾孟宏(チョン・モンホン)監督の乾いたブラックなセンスは、セリフや細かい作りこみ、そして物哀しい台湾の田舎を舞台にしたスタイリッシュな映像美の隅々に生きている。
ちなみに、撮影監督の中島長雄という日本人大物野球選手みたいな名前は、鍾孟宏(チョン・モンホン)監督自身の別名。「中島」の中国語読みが「チョンダオ」=「鐘導(鐘監督の意)」を意味し、日本の撮影監督の名前のほうが賞が取りやすいから(笑・でも実際にスペインの映画祭で撮影賞を受賞している)とどこかで読んだが、ほんとだろうか?

この映画を観た直後に、永康街の「鼎泰豊」の前を通った。
日本人が日夜、行列をつくる一番の有名店は信義路という大きな道路沿いに立っていて、その前を一日何千台というタクシーが通る。鼎泰豊は台湾で一番有名なレストランだが、その料理は上海料理である。
香港人のマイケル・ホイ演じるタクシー運転手が、自分の誕生日にここで小籠包を食べたいと夢見る。タクシーの稼ぎは少ないが、少しずつ貯めたお金で誕生日にようやく小籠包をたべにきた。
家族を店の前でおろして、自分は遠くのただで駐車出来る場所を探して止める。2,30分ほど歩いてようやく店の前にきたところ、まだ家族は店の前で並んでいる。でも聞いてみると嫁(林美秀)は憎々しげに、「食べ終わってでてきたとこ」という。誕生日の夫のためにテイクアウトしたものさえない。それでも怒りをこらえて、マイケル・ホイは「じゃあ、車取りにいってくる」という。すると嫁が答える「もういいわ、タクシー拾ってかえるから」。
このシーンは、なんとも、やりきれなかった。
陽気なタクシーの運転手に出あうことが多いオンボロ、でもこの作品をみると、ガタガタと音を立てる彼らの後ろのトランクに眠る寂しげな物語に、目を凝らしてみたくなる。


英語のタイトル「God Speed」は「幸運を願う!」という意味で、幸運を授けてくれるのは神様だ。
人生で、本来なら一番近くにいるはずの家族が幸せをもたらしてくれなくなったとき、それでも、小さな天使が寄り添ってくれることも、あるかもしれない。
最後に小籠包を運んできてくれる納豆はだから、マイケル・ホイの天使なのである。

にしてもマイケル・ホイ、金馬とってほしかったにゃー、ニャロメ!


一路順風 GOD SPEED
監督:鍾孟宏/2016/台湾









2016年12月5日月曜日

【宜蘭】台湾の古いうつわがみたい。~宜蘭碗盤博物館





宜蘭碗盤博物館に行ってきました。
出版されたばかりの、柳沢小実さん「わたしのすきな台湾案内」でも紹介されているちょっとした穴場スポットで、台湾の昔の日用雑器や磁器の人形などが、ぎゅぎゅっと展示されています。


台湾ではこれまで古いものに興味を持つ人が少なく、日用雑器も古い家を取り壊した際に一緒に潰したりで余り残っていないか、あっても汚れやヒビなど状態がよくないものが大半。
だから、これだけの量をまとめて見られる機会は珍しいのです。











絵付けはかなりラフですが、独特のピンク色や「椰子の木+舟」みたいな南国情緒デザイン、そしてそこはかとない和風感。
大正琴で弾くマーティン・デニーというか、「帰国子女の古伊万里」とでも形容したくなるような、ふしぎな魅力があります。
伊勢海老の絵皿ばかりを集めた海老づくしコーナーも圧巻。昔はお祝いごとやお節句の際に取り出して使ったものよと、嬉し懐かしという感じで、一緒に見て回っていた義母(台湾人)が話してくれました。






こういう、古い甕(カメ)も、民藝好きにはたまりません。醤油や味噌などを入れていたもの。二・三段目の柿色のカメはラードを入れるためで、縁に溝を作り水を貯められるようになっています。蟻などの虫がカメの中に侵入するを防いでくれるそう。またカメの肩の部分に「耳」が四方に付いているのは、それぞれを縄でつなぎ、犬や猫がひっくり返してしまうのを防ぐため。ひとつひとつの細工に、知恵と経験がめぐらされており、かつての暮らしぶりが忍ばれます。



一階は器、二階は人形やプレミア品が中心になっています。
まるでリヤドロのお雛様のような軍人人形、国の領土がモンゴルまで含まれていた妄想国家時代の記念皿などレア・アイテム色々で見応えあり。







お祖母ちゃんの家とか、古い食堂のウィンドウにかざってありそうなアメリカン・レトロな動物の人形。でも目がシュッとしてて、どこかエキゾチック。



TIKIなのかと思いきや、インディアン???左のちいちゃい仙人も怪しい。



犬好きにはたまらないだろう、犬コーナー。洋犬なのに唐三彩みたいなのも居ます。


両手のしわとしわをあわせて・・・。


子供連れのために、これらの人形を並べた輪投げコーナーもありましたが、結構シュール。


2階廊下より見下ろす甕(カメ)の中庭も味わい深し。


一階出口手前の部屋は、掘り出し物市に。レコードや布袋戯人形などあらゆる雑多なものがありました。恐らく、取り壊し予定の家からうつわを買い取ったときに、一緒に引き取った物どもと思われます。

とはいえ、ひとり150元という入場料が適当かどうかは、個人の興味の持ち用によって意見が分かれるところかも。。。



などと言ってたら、FBページでこんなおしらせが。

*******
感謝各位朋友:
本館自即日起暫停開放,開始整理搬遷工作。
期待在五結鄉二結新館與各位相見。
連絡電話:03-9223699
電子信箱:tbdm@hotmail.com.tw
**********

なんと、ここでの運営はこの12月5日を持って終了だそう。
すでに新館は完成しているそうで、そちらへのお引越しに向けてこれから物の整理に入るみたいです。というわけで、まだいつ頃の開館になるかはわからず。

とにかく、中国・日本・ポリネシア・アメリカと色んな要素がミックスした上で出来てる台湾文化なんだなあというのを、うつわを通してヒシヒシと感じられる場所です。
次の引越し先もそう遠くなく建築家も有名な人らしいので、新館オープンで ”また逢える日まで~逢える~ときまで~♪” 楽しみに待ちたいと思いますが、旧館にあったちょっぴりカオスな雰囲気も残しておいてほしいものです。

2016年12月3日土曜日

【シェア歓迎】日本映画における、字幕上映について



【日本映画の製作・配給・興行に関係される皆さま、そして映画館で日本映画を楽しんでいる皆さまへ。】

質問です。
日本で上映される海外の映画には、当然ながら日本語字幕がついています。でも日本映画には字幕が付きません。
日本映画に日本語字幕がつく。
それって、そんなに嫌なコトなんでしょうか?

嫌か、と問われてピンと来ないかも知れません。
でも、立川のシネコンを運営されている方に言わせれば、
「なぜ上映館や上映日数・回数が増えないのか? 答えは、お客さんががっつり減ってしまうから」だそうです。それぐらい、意識的に「字幕」を避けている方は多いようです。なので普段、日本映画の映画館上映で「字幕上映」は殆ど広まっていません。

わたしは台湾に住み、毎週のように台湾映画を観ています。
台湾では、テレビや映画など全ての映像に公用語(北京官話)の字幕がつけられ放映されます。台湾には、中国語(北京官話)・台湾語・客家語など多言語スピーカーが暮らしており、台湾映画にも多様な言語が使用されているためです。
でも思えば、聴覚に障碍(しょうがい)のある方をはじめ高齢者や外国人にもとても優しいシステムだと思います。中国語しか解せない上にリスニングが苦手な私でも、字幕を通せば十分意味を理解できるからです。

だから、大学時代の友人がSNSで以前からボヤいていた「観たい日本映画をいつもあきらめてる」という投稿がずっと、心に引っかかってきました。
彼女は生まれつきの聴覚障碍者です。そして面白いこと、新しいことが大好きです。働いて結婚し、仕事に家庭にと忙しい毎日を送っています。
最近、FBで彼女の「”この世界の片隅に”という作品が素晴らしいと聞いた、だけど字幕上映が期間限定で、予定をすり合わせるのも難しい」という書き込みをみて、ハッとしました。
字幕付きの映画上映は少しずつ広まりはしています。しかし現状は、良くても地域に一館だけ、しかも公開から一週間以上おそく、数日間の期間限定。
これまで観たいとおもう日本映画があっても、仕事や家庭の都合で逃してしまい、そんな経験を重ねるうちに「どうせ皆と同じように楽しめないのだから」「日本映画への興味をなるべく持たないようにしてきた」と友人はいいます。

今年2016年は、アニメーションも含めて、話題にのぼる日本映画がたくさん登場した年でした。
「恋人たち」「怒り」「ロクヨン」「シンゴジラ」「君の名は。」「永い言い訳」「湯を沸かすほどの熱い愛」「この世界の片隅に」「FAKE」・・・などなど。しかし、字幕付で上映されたのはほんの一部の映画および映画館・上映期間だけです。正直、もったいないなーって思います。

日本で、邦画に字幕をつけようという運動は2000年代にはいって始まったようです。キャストの一人が聴覚障碍の設定だった2006年の映画「バベル」を、聴覚障碍の方も「字幕付きで映画をみたい」という運動も盛り上がりました。
また、映像のバリアフリーに関して研究を重ねながら着実に実績を積み上げている団体もあり、それを後押しする法律も近年施行されています。
たしかに、状況は少しずつ、しかし確実に前進しています。字幕にかぎらず、「UDCAST」というメガネ型ディスプレイ、こちらは聴覚障碍に限らず視覚障碍にも対応するものとして少しずつ広まっているようです。こちらも、これからの展開を多いに期待させる技術ではありますが、機器が必要なため、全国津々浦々に広まるには時間がかかりそうです。

これまで何の障碍も感じずに映画を享受してきた私たちは、そういう「多様な映画館のありかた」について思いを巡らしたことはあったでしょうか?
昔なら、ひとつずつフィルムに字幕を焼きつけなければならなかった字幕。
しかし今はデジタルなので、いちど字幕さえつければ、全国の何百という映画館で字幕付の上映が可能になります。
また、聴覚障碍の有る方のほかに、高齢化社会のなか加齢により耳が聴こえづらくなった方や、ある程度日本語の読み書きできる外国人(映画のセリフって超早口や方言もあり、日本人でさえ理解しづらい場面もありえます)など、日本映画コンテンツを広めるという角度からみても潜在的需要は大きいように思います。
一方で、字幕自体の内容やタイミングなど、クオリティーをあげていく工夫も必要になるでしょう。

家でDVDを観るのとはちがう、見ず知らずの誰かと同じ空間で映画を味わえる映画館。
大好きな映画館が、より多様性をもち、様々な立場のひとがいっしょに楽しめる場所になっていけるよう、日本映画の「字幕付き上映」が増えることを希望します。


※追記1:日本語に字幕がつくこと、それ自体がまだ周知に遠いと思われ、この文章にまとめました。ご賛同頂ける場合は、シェアして頂けると嬉しいです。


※追記2: 同じ文章をFBに挙げたところ、俳優の永瀬正敏さんの所属事務所である「ロケット・パンチ」社長・岡野さんより、長年映画業界に関わっている方からの視点として、丁寧なメッセージを頂戴しました。
また更に、来年公開予定の河瀨直美監督の新作で、永瀬正敏さん主演の映画「光」では、まさにこの映像バリアフリー自体に焦点が当てられた作品になるという情報もいただきました。
この作品に関して、また岡野さんよりいただいた「字幕上映」の考察については、また後日ご紹介したいと思います。



 【参考リンク】

映像コンテンツを分け隔てなく提供するのを目指すNPO
http://npo-masc.org/

経産省の映画上映に関するバリアフリー事業の調査報告
http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2016fy/000144.pdf

日本・立川にある、積極的に字幕つきを進めているシネコン・スタッフによる記事
http://realsound.jp/movie/2016/09/post-2789.html