2016年8月31日水曜日

【映画】カフェ・ソサイエティ Café Society ~映画という宝石箱



ウディ・アレンの作品が、そもそも苦手だった。
超絶お洒落で、都会風で、小粋な演出と会話。
わたし好みのドロリンとした情念や野暮ったい一生懸命さなんて、入りこむ隙とか無さそう。ユダヤ自虐ギャグも日本人にはイマイチつかみ難そう。
そんな偏見で、じつは殆ど観ていない。
これにピッタリあてはまる言葉を「食わず嫌い」という。


なのに、なぜ今回の新作「カフェ・ソサイエティ」を観にいったのか?
それはポスターが可愛かったのと、コーヒーが関係ありそうなこと、そして「もう40歳だし、そろそろウディ・アレンでも観てみるか」という好奇心からだ。

果たしてその目的の中の「コーヒーが関係ある」以外の目論見はすべてあたり、見事そのパーフェクトな世界観に打ちのめされてしまったのだった。
衣装やインテリア、小道具から照明、エキストラまで練りに練られたディテールの美しさ。
一枚一枚の画面が、さながらエドワード・ホッパー(Edward Hopper)の作品を眺めているかのよう。これと比べればディカプリオの「華麗なるギャッツビー」なんてシルクとナイロン、コヒーバとマイルドセブン(今はメビウスというらしいが)ぐらい落ちてしまう(好きだけど)。そのためだけにでも、チケット代を払ってシアターの大画面で観る価値はあるだろう。
現在の映画ができうる限りの「エスプリ」を煮詰めたような、「映画」という宝石箱の蓋を持ち上げて覗き込みうっとりする感覚。
きっとこの作品の舞台になっている頃、「映画」がもっていたキラキラした感じは、今の何倍もあっただろうって想像できる。


時代は1930年代のアメリカ。
ハリウッドは全盛期、ニューヨークではユダヤ系マフィアが力を伸ばしていった時代である。
主人公のボビーはニューヨークのユダヤ家庭のうまれ。失恋をきっかけにハリウッドで弁護士として成功している叔父を頼って西海岸へ行く。「夢のハリウッド」で心機一転を計るボビーは、叔父の秘書であるヴォニーに一目惚れするが、じつはこれが叔父との三角関係のはじまりであった。ヴォニーはボビーの叔父を選び結婚する。傷心のボビーはふたたびニューヨークへと帰り、マフィアである兄の経営するナイトクラブを手伝うようになった。
ボビーはハリウッドに居た時代に培った人脈をつかい、ナイトクラブをニューヨークで一流の社交場「カフェ・ソサイエティ」(当時のマフィアや芸能人・実業家が入り乱れた上流社会のスタイル)へと仕立てあげる。ナイトクラブの客のなかに、理想的な優しくうつくしい伴侶も得た。
そんなある日、ヴォニーと叔父が休暇でクラブに客として訪ねてくる。
「焼けぼっくいに火」形式でボビーとヴォニーはふたたび、「ハリウッド」や「ナイトクラブ」のきらびやかさとは程遠い、かつてふたりが西海岸で好んだ素朴で温かみあるデートを重ねる。
休暇がおわり、ヴォニーは西海岸へかえる。
新しい年があけるその時、ボビーとヴォニーは違うシチュエーションに身を置きながら、かつての恋人に思いを馳せるのだった。



ところで、マフィアであるボビーの兄は、とある殺人事件がもとで逮捕され死刑になる。電気椅子に座るまえ、兄は輪廻転生を教えないユダヤ教から宗旨替えする。これに続く宗教に関して考察するシーンの中に、この映画の肝とも言えるセリフが出てくる。
善悪や真実について「そこに答えはない」という言葉だ。

ボビーとヴォニー、西と東に身をおきながら距離を越えて見つめ合うようなラスト・シーン。ふたりは、それぞれの伴侶に尋ねられる。
「ぼんやりして、何を考えてるの?」
(『Your eyes looks so dreamy』みたいなセリフだった)
ここで、前段の肝の言葉が効いてくる。
今の夫(妻)を愛しているけれど、前の彼氏(彼女)もすきで、そこに「答えはない」。



「ねえ、本当にわたしのこと愛してる?」
とか、恋愛中は愚直な質問をあいてに投げかけるのが世の常だ(だよね?)。
でもそこで、「愛してる」って答えられても満足するものでは、ないのですよね。
すべては過ぎてしまってから、思い出のなかに「ああ、あの時のあの言葉は本気だったなあ」とか、「あの感情はほんとだったなあ」って思いかえす。
これこそが「真実」だし「人生の美味しい部分」なんだよ、っておっしゃるのね、アレン巨匠は。さすがだ。40歳になってようやく、その境地に一歩片足が突っ込めた気がする。


台湾での公開タイトルは、「咖啡·愛情」。
よくわからないけれど、「コーヒーみたいに、苦い愛情」といったところだろうか。
何となく、台湾で流行りのカフェ関係の映画と勘違いして観に来る若い人も多そう。
と思いきや、殆どのお客さんが人生の酸いも甘いも噛みわけたようなご年配の方たちばかりだった(老眼のためだろうか、座席も後部三列が埋まっていた)。

ウディ・アレンが好きなご高齢の台湾人紳士淑女。
ちょっと膝つき合わせてお話してみたくなる。









2016年8月27日土曜日

【香港映画】十年 Ten years~ 10個の十年、100個の十年




台北で暮らしはじめて、今年でちょうど丸10年がたつ。

10年という時間は途方も無く長い訳ではないが、かといってすごく短くもない。
わたしの場合も、そのあいだに色んなことがあった。
仕事をやめ、結婚して台北に来た。舅が亡くなった。台北から東京に引っ越して2年ほど暮らし、また戻ってきた。姑としばらく暮らし、その後離れて暮らすことになった。父が亡くなった。書く仕事をはじめた。いろんな出会いと別れがあった。その間に生まれた息子の背丈は、今やもうわたしの三分の二を越してしまった。
四柱推命では9年で人生の春夏秋冬が一周するというから、10年という期間のあいだにはちょうどシーズン一回分が含まれる計算だ。


台湾社会だって、10年前に来た時からみるとずいぶん変わった。政治で言えば、わたしがきた頃はちょうど陳水扁への抗議運動が盛り上がっていた時期で、その後、馬英九政権に変わってからは、何となく今後もう20年ぐらい国民党政権は不動なのじゃないかって印象だった。今年の民進党圧勝、小英総統誕生なんて10年前には予想だに出来なかったのだ。
10年という時間はそれぐらい、ひとの人生や社会に大きな変化をもたらすに充分な時間ってことだろう。


映画「十年」は2015年に製作された5篇からなるオムニバス映画で、ちょうど10年後の「2025年」に香港社会がどんな風になっているか、「悲観的観測」で描いた作品だ。
雨傘革命や書店主行方不明事件など、香港人が抱える「中国の脅威への不安」を社会背景に、香港の人権・民主・言論の自由など敏感なイシューを扱っており、昨年の香港映画祭では最優秀作品賞を受賞した。また、実験映画的な手法の作品としては異例の興行成績をあげており、香港の「予言書」的作品として話題となっている。

「五個的香港故事、我們不想見到的将来。」
(ぼくたちの見たくない未来のこと、5つの香港の物語)

そんなキャッチコピーのとおり、どのお話にも悲壮感が漂う。

■「浮瓜」

@映画「十年」より

やくざの下っ端である香港人の男二人(ひとりはインド系)が、政治系の地域のイベントに臨席する政治家2人へのテロを命令される。目的は「テロ事件を起こすことで社会不安を煽り、中国当局による国家安全法の制定をうながす」こと。
会場の上階では、やくざのボス・中国・香港当局の上層部のあいだで「どちらを殺せば、より社会不安が大きくなるか」が討論され、結局、両方を殺すことに決まる。
成功報酬を手にして人生を変えたいと願う男ふたりは計画を実行にうつすが、失敗してその場で射殺される。政治家二名は生きながらえたにも関わらず、メディアでこの事件は大きく報道され、社会的にテロへの不安が高まったことで、国家安全法は無事通過するだのった。
上層部はみずから手を汚すこと無く、底辺に生きる人間が政治に利用されトカゲの尻尾のように切り捨てられる。


■「冬蝉」

@映画「十年」より

世界の急速な発展と変化によって、博物学はその意義を失っていっている。
二人の男女は、失われていく香港の古い建築物の残骸を集めて標本を作っているが、今やその社会的にもつ意味はなく記憶とも断絶されている。標本を収める施設もない。いわば、自宅の棚という「墓」のなかに「標本」という遺体を安置するかのような生活に疲れた二人は、香港人である自らを標本化することを思いつく。



■方言
@映画「十年」より

2025年の香港では、唯一の公用語が「普通語(北京官話)」と定められている。タクシー運転手には「普通語能力テスト」が行われ、通過できなかった運転手の車には「普通語話せません」マークが表示されて、空港や港で客を載せると違法となる。
学ぶ意欲はあるが、どうしても普通語を身につける事ができない主人公のタクシー運転手。子供は学校で使うので普通語はマスターしており、その友人たちとの会話を主人公は聞き取ることができない。そして、広東語がただの「方言」のひとつと成り下がってしまったと同時に、経済的なだけでない、多くのものを失ったことに気づくのだった。
ところで、この作品を観ていて「台湾語」→「日本語」→「北京語」という、公用語の移り変わりに翻弄されてきた台湾人の労苦にも思い到った。




■自焚者
@映画「十年」より


香港独立を求める学生運動が盛り上がりを見せ、ひとりのリーダーが逮捕されて牢獄でハンストにより絶命する。映画の中で描かれる学生運動(2025年)とそれを阻む警察との攻防がほうふつとさせるのは、まさに2014年の雨傘革命そのものである。
さて、牢獄で死んだリーダーを支持して、英国領事館前で何者かの焼身自殺があった。1984年の中英交渉では、社会主義政策を2047年まで(返還から50年間)は香港で実施しないことをイギリスは中国に約束させたはずだった。それが、わずか20年足らずで行政自治に対する干渉が始まったことを指して、イギリスの責任放棄に対する抗議の自殺と思われる。
さて、焼身自殺したのは誰だったのか。
それはひとりの老婆だった。誰も観ていない英国領事館前で、ひっそりと静かにガソリンをかぶり燃えていく老婆。若かりし頃は「東洋の真珠」と呼ばれ輝いてきた第二次世界大戦後の香港を生き、その後、返還と天安門を経てきた。
今や年老いた老婆の姿はまさしく「香港」と重なる。手にしているのは香港の学生運動の象徴となった「雨傘」だが、これも老婆とともに燃え尽きていく。



■本地蛋(地元産たまご)

@映画「十年」より


政治問題の影で、香港で最後の卵を生産する農家が農場を閉じた。
もうこれから「香港産」の卵が生まれることはなくなった(卵=香港人のメタファーだろうか)。卵を扱う食品店の主人公は、その最後の卵をうけとる。
一方、息子の通う学校ではボーイスカウトへの参加が義務付けられており、その活動は街の商店などに「香港」「本地」(地元の意)などの文字がないか検閲してまわるという、かつての紅衛兵を思わせるような内容である。
息子の考え方を図りあぐねていた主人公だが、ある日息子がこっそり入り浸っている秘密の書店に連れらていく。それは「ドラえもん」さえも発禁処分となっている社会から、密かに発禁処分されたものを集めてコレクションしているアングラ書店だった。
息子は、やっぱり主人公にとって最後の「地元産たまご」なのだ。
さて、主人公が農場を尋ねたさい、農場主が「これからは台湾に渡って、今までのノウハウで農場を経営するんだ」というくだりがある。そこから、香港から台湾へと託された希望みたいなものが透けてみえる。


香港人ひとりひとりが無限に抱える「10年後」の物語が、香港という街の上に大きな蚊柱のように立っている。その一部をとり出して、映画は
「このままでいいのかい?」
と語りかける。


たまにフト
「結婚して台北に来ることを選んでいなかったら、今ごろどうしてたかな。」
と考える。
なんにせよ今とは全く異なる生活を送っていることは、間違いない。もしかしたらパラレルな世界では、10年前に持っていた夢みたいなものを、実現させているわたしが居るかもしれない。映画「インターステラー」の無数のブロックモニターのように、パラレルに無限に広がっていく未来と過去。
そんな想像は面白いが、わたしは今の生活が結構気に入っているから、今ここに居れてよかったなとも思う。

「リアルとはみんなで観る夢」
といったのはダムタイプの古橋悌二さんだけれども、さて、10年後香港はどんな夢をみているだろうか?


「十年 Ten years」/監督:郭臻・黃飛鵬・歐文傑・周冠威・伍嘉良
2015年/香港






2016年8月24日水曜日

【台湾映画】樓下的房客~鍵のありか



テレビゲームが苦手だ。

昔「ドラゴンクエスト」を初めてやった時も、最初の島から出る「鍵」が探せず島から出られないのでイヤになってすぐやめてしまった。それいらい、先日「ポケモンGO!」をダウンロードするまで、数十年ゲームというものをひと触りもせずに来た(結局ポケモンGO!も3日で飽きてやめてしまったけど)。

非日常へのドアをあける「鍵」がないと冒険はできない。
鍵は元からあるものではないから、どうにかして手に入れるしかない。

それをわざわざテレビという非現実の中で、しかも、基本的に同じゲームで遊ぶ人には予め設定されている鍵しか与えられないわけで、なにを好きこのんでそんな面倒なコトに労力を、などと、どうしてもおもってしまう、要は面倒くさがりなんですね。
(単なる個人的な趣味の問題で、ゲーム批判ではないです念のため)

とまあ、何が言いたいかというと「鍵」のことなんです。
で、先週観たこの映画「樓下的房客」はそんな非日常への冒険、しかも
ぐっーちょぐちょ
べっーちょべちょ
グーーログロ
なドアの「鍵」を手に入れてしまった男の、とてつもなく悲しい物語だったのでした。


東海大学の別荘区にある古いアパートメントの鍵を人から預かった男は、6つある空き部屋を貸し出す。住人の条件は「安定したサラリーマン」や「堅実質素なファミリー」「優等生的な学生」ではないこと。男は各部屋に隠しカメラを設置し、集まってきたヘンテコ住人たちの生活をモニターで観察するのを日々の仕事としている。

一部屋は、修行を積めば超能力を身につけられると本気で信じているダメ大学生

一部屋は、どういう事情がわからないが、父ひとり小学生の娘ひとりの父娘

一部屋は、外に妻子をもつ年配の男と若いイケメン男子というゲイ・カップル

一部屋は、OLをしながらパトロンや情人を夜ごとに取っ替え引っ替えする美女

一部屋は、元・ドメスティックバイオレンスの前科もちな脳みそ筋肉体育教師で、階下の美女住人の性生活を盗み聞きするのが趣味の男、にそれぞれ貸しだした。

そして、大家の男の階下の部屋に住むのは、いつも白いワンピースを着て、働く様子もなく多くの赤いスーツケースと共に暮らしている、若くて清楚だが謎めいた女性、である。


ある日、大家の男は階下の女性が、部屋に招き入れた男を徹底的に残忍な方法でなぶり殺すのを目撃してしまう。どうやら、女性は定期的に趣味としてそれを行っているらしい。
翌朝、ベランダでコーヒーを飲んで海を観ている女性と出会い、男は怯えながらも話しかけると、女性はこう応える。
「みんな日常のルーティーンの退屈な中で生きてる、それってあまりにも可哀想じゃない?わたしは、その手伝いをしているだけ。あなただって、みんなを非日常の扉の外へと導く鍵を持っている」
その言葉を聞いた男は、しぼりだすように「負けるもんか」と口にし、じぶんの持っている部屋の鍵を使って、これまでタダの「傍観者」として観察していた住人たちの生活の、「非日常」の扉をひらく決心をする。
「ただの傍観者」から「それぞれの人間というコマを動かす」、いわば「神」の立場に立った男。
その積極的な働きかけによって、住人たちの生活は徐々に脱線、崩壊していく。しかしその裏には男が過去に負った悲劇があることが、段々と明らかになるのだった。


これを観た時に思い出したのは、阪神大震災が起こった年に発生した連続殺人事件を下敷きにした、ノンフィクション小説「愛犬家連続殺人事件」だ。
「ボディーを透明にする」という衝撃的なセリフでトラウマとなったこの本は、後に園子温監督によって「冷たい熱帯魚」という名前で映画化された。
そして韓国の「オールド・ボーイ」に不朽の名作「羊達の沈黙」。
それらのテイストをうまくひとつの舞台劇のように仕上げているのがこの作品「樓下的房客」といえる。

また、台湾の部屋貸しは日本よりもずっとユルく、多くの大家は税金や無駄な仲介料を払いたくないので、直接店子を探して部屋に住まわせる(役所に届け出なし)というスタイルを取っている。だから殺人事件があった家やアパート(『凶宅』と呼ばれる)なんかも割に表に出ないようで、どこに「凶宅」があるかは常に台湾ネット民の大きな興味対象となっており、この映画のような変な大家と変な住人が繰り広げるおかしな世界というのも、何となく妙なリアリティーがある。実際、筆者がいま住んでいる家に越してきた時も、凶宅とはいえないまでも、前に住んでた人ちょっとやばかったのでは?という痕跡が残されていた。


コンサバな台湾の観客に合わせたこともあったのか、これまでこういう「ブラックユーモア+セックス+スプラッター+サイコサスペンス」みたいな映画は台湾で観たことがないので、まず「よく撮ったなあ」というのが見終わった時の感想だ。
(次の感想は『今日はもうお肉たべられない』)
しかも、この夏の話題作として、現在も大ヒット上映中である。原作は、最近日本のエージェントとも契約を交わし、これから日本でも活躍が期待される、ヒットメーカーのネット小説作家·九把刀(「あの頃君を追いかけた」「等一個人咖啡」)で、青春モノ以外にもこんなの書いちゃうんだ、と幅の広さを感じさせた(ちなみに原作と映画版はまたちょっと違うらしく、ネットでは原作ファンによる映画批評も盛り上がっている)
そして、去年の「青田街一號」がこの路線のハシリだったのは間違いなくて、何となく「ついに台湾映画でもこういう路線が出来るようになったのかあ」と(ちょっとエラそうですが)感慨ぶかいものがあった。
そういう意味で、この映画はこれからの台湾映画のひとつの「鍵」であるのは間違いないように思う。


鍵といえばこの映画を観た週に、台湾でブラウンカフェやKAVALANウイスキーを経営している「金車グループ」の李社長にインタビューする機会があったのだけど、李社長もじぶんのポリシーとして
「人間の脳味噌なんて作りはそんなに変わらない、要はバランスよく能力の『鍵』を開けられるかなんだ」みたいな話をしていて、やけに「鍵」がキーワードとなった週だった。


さて、これをお読みの皆様、鍵はもう手に入れましたか?


最後にひとつだけ、これから見る予定の方はとりあえず、ご飯たべる約束とかある前に観るのはおすすめしないです。




樓下的房客/監督:崔震東/原作:九把刀
2016/台湾














2016年8月21日日曜日

【台湾ドキュメンタリー映画】湾生画家 立石鐵臣~忘却の発見




昔、こんな話を聞いて椅子から転げ落ちそうになった。

とある若いがそれなりの大学も出ている日本人男性が台湾に遊びに来て、帰り際に同行者に尋ねた、

「ところで『蒋介石』って石、結局どこにあったの?」


まるで何かのネタか都市伝説みたいな話だったから、聞いた瞬間は「それヒドすぎ!」と大爆笑したものの、そのあと何だか大きな宿題を背負わされた気分になった。笑って済ませられ無い問題なのに、どう考えていいのかよくわからなかった。

わたしが台湾にきた10年前には、「台湾に住んでいる」というと「台湾ってタイ?」などと真面目に返されることは少なくなかった。
どう反応したらよいのか、という申し訳ないような曖昧な表情を皆浮かべていた。
日本の住民票には、夫の国籍は「中国」と書かれたし(最近は自治体によって台湾と書かれるところが増えてきているらしいが)
わたしより前に台湾に嫁に来た国際結婚の先輩方に対しては更にひどく、
「テレビとかあるの?」
「川で洗濯とかするんでしょ?」
「ゾウがいるんでしょ?」
など、今聞けばジョークにしか思えない失礼な反応を多くの人が本気(と書いてマジ)で発していたんである。
とはいえ、わたしも嫁に来るまでは似たようなものだったので人のことを兎や角言えないが、台湾がかつて日本の植民地だった、という重要な近代史にここまで日本人が無知・無関心なのは異常ともいえて、どうしてこんなコトになってしまったのだろうか。


ドキュメンタリー映画「湾生画家 立石鐵臣」を観て、立石に対する再評価が今の今までかかったのは、そんな戦後の日本人の台湾に対する態度と無関係ではないのかも、と思った。


わたしが立石鐵臣の絵と初めて出会ったのは、台湾における立石研究の第一人者・邱函妮さんの「灣生.風土.立石鐵臣」(雄獅美術)という本の中である。
(実はその前に『南方・南洋・台湾』という文学アンソロジーの挿絵でも出会っていた、いや、もっといえば幼いころに読んだ科学や図鑑の細密描写できっと出会っていたのだけれど、それは映画を見てから知った)

立石鐵臣という画家は日本ではこれまでほぼ無名の存在だったが、戦前の台湾の風俗・民俗・工藝を幅広く記録した人として、台湾では70年代から一定の評価を受けてきた人物だ。


とにかく時代によって絵の方向性がコロコロ変わる作家で、とらえどころがない。が、どの時代の絵も一度みたら忘れられない魔力があって、ひと目で好きになった。共通しているのは、作家自身が対象の中にとらえた面白さや美しさの全てを絵で伝えたい!という欲求と情熱である。
何より驚いたのは、こんな魅力的な作品を生み出した作家が、これまで日本で殆ど知られて来なかったという事実だ。
じつは数年前に、監督の郭亮吟さん
(『緑的海平線~台灣少年工的故事』監督)から映画が製作中であることを伺って、完成を楽しみにしていた。
そして今年、ついにみることが出来た(制作には10年が費やされた)。
ワールド・プレミアとなった今年の「TIDF~台湾国際ドキュメンタリー映画祭」では、早くにチケットも完売し満席、最後には観客賞も受賞し話題となる。
映画は立石の作品や友人・家族との関係・仕事を丁寧に追っており、立石鐵臣に対してより立体的な理解をもたらしてくれた。

立石鐵臣は1905年台北の生まれ。父親は1987年より台湾総督府の職員として働いていた。
9歳ごろ内地へ戻ったのち絵をまなび始め、岸田劉生や梅原龍三郎に師事した。とくに梅原には多大な影響をうけると共に「いつか日本画壇を背負って立つひとり」と将来を嘱望されたという。
梅原の薦めでふたたび台湾の地を踏んだ立石は、台湾の風景を描いた油絵のほか、当時の台湾人の工藝や習俗を記録した挿絵をおおく残した。
なかでも、立石が表紙や挿絵を担当した雑誌「民俗台湾」は、失われたかつての台湾人の生活を伝える貴重な歴史資料として、台湾では昔から一定の評価を受けている。



戦争が終わり、立石は民俗学者の国分直一らとともに、しばらく台湾で留用されていた。日本に引き揚げた後は、得意の細密描写を用いて多くの動植物図鑑などで仕事をする傍ら油絵も描いたが、日本の画壇では無名のまま1980年にその生涯を終えた。75歳であった。

それから36年。
去年の銀座・泰明画廊での回顧展を皮切りに、今年の春には東京府中市美術館で初めての大型回顧展も開催され、ようやく日本での再評価がスタートしたという所だ。


先日、ジャーナリストの野嶋剛さんの新著「台湾とは何か」(筑摩新書)を読んだ。
これまでの日台中の社会的・政治的・歴史的な関わりから去年のひまわり運動を経てこれからどうなるかまで丁寧に深く紐解いてくれる良書だが
(しかも3ヶ月で『重版出来』が決まったそうで、良いご本であるのは勿論だけれど、やっぱり台湾は何かを知りたい!って言う日本人が増えているんですね)
この本でも「日本人の台湾に対する思考停止」は、日台関係を考える上で大きな柱のひとつとなっており、台湾現代史研究の若林正丈さんのご著書から
「台湾をどう考えるかということは、戦後の日本人の思想史、あるいは精神史レベルの問題なのだろうと思います(以下略)」
という言葉をひいて、
「日本人の台湾への『思考停止』(あるいは忘却)は、病気のレベルにあるといっているようにすら聞こえる」と書かれている。


わたしの母が版画を習っており、版画の先生は教科書によく載っていた「下関講話談判」(清国が日本に台湾を割譲することを決めた『下関条約』調印のこと)の絵を描いた洋画家「長地秀太」の孫にあたる人なので既に相当ご年配なのだが、以前お会いした時に「そのうち台湾に遊びにいらしてください」と声をかけると、しばらく考えてから
「日本が悪いことをしたところには、やっぱり行きたくない」
と返された。
おそらく戦後多くの日本人にとって、こういった近代史に対する罪悪感は殆どトラウマのように重く心にのしかかってきたのだろう。罪悪感をかんじるものには、なるべく目を背けたくなるのが人情である。それは戦後の冷戦構造のなか、かくじつに近代史教育や報道へ影響をあたえている。




それで思い出したのが、映画上映にあわせて来台し、上映後に登壇して立石についての思い出を語ったり、質問に答えてくれた立石の長男、次男のお二人のお話されたことだった。
質疑応答のさい、「南京の大虐殺をどう思うか」と質問したひとがあり、監督は
「この映画で描いていることは、直接そのことと関係がないので答えられない」
と応じたが、その後、長男の立石光夫氏がその質問を引き取って、
「むしろ日本人としてそういう声を聞きたいと思って自分はここに来た」と云われた。
また
「亡くなる前までに、立石鐵臣がもう一度台湾に来る予定は無かったのか?」
という質問には
「来たいとは思っていたと思う。でも事実として言えることは、父は韓国には行ったのですが、台湾には来なかったということ」
というやり取りもあり、立石が戦後の台湾に対して何らかの屈託を抱いていた事が感じられた。

台湾から日本へ引き揚げる際、基隆から離れゆく自分の船をたくさんの台湾人が見送りに来てくれた場面を描いた作品があり、そこには「吾愛台灣!」という言葉が繰り返し三度、絶叫するように添えられている。
それ以外でも、立石の台湾へ対する愛情は作品を通して随所に感じることが出来るし、人間的にも差別感情とは無縁の人柄で、台湾人の友人も沢山居たと多くの人が述べている。そんな立石でさえ、やはり台湾時代に対して「日本人としてのトラウマ」を抱いていたのではないかと、このご兄弟のお話を聞いた時に初めて思いあたった。
それは同時に、立石の戦後の画壇における評価にもいえるように思う。
立石を始め、台湾で活躍し引き揚げ以降日本で評価された画家は居ない。一つは戦前に描かれた作品が残されていなかったのは一因だろう。
しかしもうひとつの原因は、画壇という名の日本人社会が「湾生」という存在、ひいては台湾から顔をそむけ続けて来たことにあるのでは無いか。


それがここ数年、特に311以降、台湾に対する日本人の態度は大きく変わった。
筆者がこのまえ日本に一時帰国した際にも、大なり小なり毎日のようにテレビで台湾の話題を目にし、小英総統がパナマに外遊に行った話なども大きくニュースで取り上げられているのを見て、台湾についての関心が高まっているのを肌で感じたものだ。
また「湾生」自体にスポットを当てた映画も作られ、注目を集めている。

311の台湾からのケタ違いの支援に呼応して、日本人は隣人としての台湾を「再発見」した。
それに付随する「ありがとう」や「好き」という素直でポジティブな気持ちこそが、戦後を通して日本人が抱いてきたトラウマを癒やすのかもしれない。ようやく日本人は、台湾の顔を正面から見ている気がする。
そして、トラウマの反動ともいえる右翼的·自己愛的な台湾評価よりも一歩進んだ台湾への理解が、このドキュメンタリー映画の中にはある。
そいう意味で「立石鐵臣」が抱えているのは、日本人が台湾をもう一度発見していく物語でもあるのだろう。


「台湾ブーム」といわれる昨今だが、ブームだけで終わらないでほしいと思うし、より多くの人にこの画家の作品と、それにまつわる物語が届けられてほしい、心からそう願う。




灣生畫家-立石鐵臣 /監督:郭亮吟、藤田修平
2015│日本、台灣│59min



















【お知らせ】「an·an」ムック




前回お仕事させて貰った雑誌「an·an」の台湾特集がムックになりました。
このコンパクトさと軽さは旅の友としても大いなる魅力。
ライター藤森陽子ねえさんの「ホテル愛」「包子愛」コラムも読ませます。

2016年8月18日木曜日

【映画】ズートピアZOOTPIA~ ラベル貼りという底なし沼(※ネタバレあり)


去年の「インサイド・ヘッド」に引き続き、ジョン・ラセター総指揮で今年もスンバラシイ作品を観ることができた
(ちなみに、最新の『ファインディング・ドリー』は、期待も大きかっただけに拍子抜けするぐらいちょっと残念な出来だった。面白くない訳ではないんだけど、何だろうあのエッジの効いてない感じは)



舞台は、肉食系・草食系にかかわらずすべての動物たちが平和に暮らす「ズートピア」。
正義感と夢に燃える警察官でウサギの女の子・ジュディが、ズル賢く世の中を斜めに見ているキツネのニックを巻き込んで、連続失踪事件を解決する。

一時は「肉食系動物」のみが何らかの原因で凶暴化する、という結論に達した「ジュディ」だが、同じくパートナーとなった肉食系動物でキツネのニックからその心にひそむ欺瞞(表面的には友人のようなふりをしながら、じつは心の奥底に差別を隠し持っている)を指摘される。これをきっかけとして、もう一度事件を振りだしに戻し、ついに真実にたどり着いたジュディーは、ニックに仲直りして一緒に警官のパートナーとなってほしいと頼むのだった。

丸腰の黒人男性を警官が撃つという事件が立て続けに起こったことから、最近国際的にもとみに注目されている黒人差別の問題や、イスラム教徒に対する差別、セクシャリティーの問題など、多様な人びとが暮らす国家・アメリカがあわせ持つ非常に根の深い「差別」について非常によく考えられた、アメリカだからこそ生まれ得たこの作品は、アメリカ社会だけに限らず、いろんな社会における「ラベル貼り」という現象について、深く考えるきっかけを与えてくれる。



この「ラベル貼り」ということで、わたしがこの映画を観たあとに思い出したのは、今年2016年の3月に台湾で発生した通り魔事件(いわゆる『小燈泡ちゃん事件』)被害者のお母さん「クレアさん」のことだった。
事件が起こったのは、台北郊外のIT企業などが集まるベッドタウン・内湖である。覚せい剤使用で服役したことのある王景玉が通りすがりの四歳の少女「小燈泡ちゃん」の首を菜切り包丁で、しかも母親の目の前で刎ねるという世にも凄惨な事件で、台湾史上三番目の通り魔事件となり、被害者は最年少であった。
(ちなみに一番目は2014年の台北MRTの車上で4人が死亡、24人が怪我を負った連続通り魔事件、二番目は2015年の小学校のトイレに隠れていた男に女の子が首を切りつけられて死亡した『文化国小通り魔事件』)

路上で小さな女の子が首をはねられた。
これだけでも物凄くショッキングな事件で、世間は騒然となった。なにせ、日本と違って最近まで「通り魔」事件のような精神異常に関わる犯罪とは割りと無縁だった台湾社会で、こう悲惨な事件がまたもや起きてしまったのだ。ネットやニュースは人びとの悲鳴にも近いようなショックの言葉で溢れかえり、誰もが「一刻もはやく犯人を死刑に」と叫んでいた。
その夜、台湾社会に激震がはしった。
被害者家族のクレアさん(小燈泡ちゃんのお母さん)がテレビカメラの前に出て、涙を流しながらも気丈に「犯人をこんな凶行に駆り立てた社会にこそ問題がある、二度とこんな事の起こらない安心な社会を作って欲しい」と政府に訴えたのである。

この映像を観た時のショックはうまく言葉で表せない。
世の中すごい人がいるものだなあという、呆然とした。もしわたしが彼女の立場になっていたら、恐らく半狂乱(っていうか完全に気が狂うかも)となりテレビで何か喋ることなんて不可能だろう。
多くの人びとがそう思ったし、この時点では彼女の勇気に賞賛の声を送り讃えた。
すでに時期大統領に選出されていた蔡英文は自身のFBに「被害者と被害者家族にお詫びし、改めて未来の台湾社会で二度とこのような事が起こらないよう約束する」との記事を投稿した。
しかし、これだけでは収まらなかった。

この事件をきっかけに湧き上がった「反・死刑廃止」運動をみたクレアさんが、今度は自身のFBで
「小燈泡は死んで、たとえ加害者が死刑に伏したとしても戻ってこない。
それよりも、一体なにが起こったのか、何が彼をそうさせたのかという真実を知りたい。小燈泡の死を利用するのはやめてほしい。私は小燈泡ではないし、あなたも小燈泡ではない。誰も小燈泡の気持ちを代表して何かいうことは出来ない」
という、「死刑廃止」支持とも取れる訴えを目にして世間の反応はおおきく変わった。

「反・死刑廃止」の人びと、つまり世の中の主流・保守と言われる非常に一般的な人びとが、それまで向けていた同情を今度は言葉の刀に持ち替えて、クレアさんを突き刺し始めたのだった。
そこで立ち現れたのは、被害者家族、とくに被害者の母親と言うものは
「悲しみで半狂乱になって家の中に閉じこもり沈黙するべきである」
というような、「決めつけ」という目に見えない暴力である。
娘さんを目の前で亡くした母親「らしからぬ態度」のクレアさんに対して、多くの人びとが呪いの言葉をはいた。国民党のとある議員に至っては、彼女のこの発言を「調査・研究に値する被害者家族としての精神的疾病」と病気扱いした。
「本物の暴力」と同じぐらいに、「多くの人にとって怖ろしいのは、自分たちがこうするべき、こうあるべきということが覆されることである」のを、これら一連の出来事はまざまざと描きだしたのだった。

「黒人だから危ないはず」というラベル貼りで、アメリカ社会の中では日々黒人の人々が実際に死んでいる、もしくは何らかの機会を奪われ続けている。そして、それが確実に黒人の子どもたちを暴力や犯罪へと繋げていることは、幾つもの研究などから疑いようのない事実だ。
ズートピアの中でも、小さく正義の理想に燃えてボーイスカウトに参加していたニックが、「キツネはずるい」という決め付けのもと村八分にされて、そのままヒネクれてついには詐欺を働いて口を糊する悪い大人になる、という成長の経緯がはっきりと盛り込まれている。
純粋な小さい子供が成長していくにつれて、負の方へと引きずり込まれていく、そのセーフティーネットをどう作れば、きちんと社会の中で機能するのか。
もうひとつ、この数年どうして台湾でこういう凶悪な事件が起こるようになったのか。
少なくとも、その答えを内包するひとつのケース「MRT通り魔事件」の加害者については、クレアさんの危惧した通り、色んな背景なども明らかにされないまま、つい先日死刑が執行されてその解明は永遠に不可能となった。


このエントリーは「死刑」を存続するべきか、「死刑廃止」するべきかを問うものではない。

もちろん自分の子供が殺されたら、犯人はこの手で八つ裂きにしてやりたいと思うだろう。だからといって「死刑廃止論者」を責める常套文句である「自分の家族が殺されてみろ」という事に、やっぱり簡単に与することも出来ない。
どんな人であれ他人の人権も保証されているからこそ、自分や家族の人権も保障されるのだ。自分の子供が殺されていないうちは、同情から「もし殺されたら」という仮定の立場に立つべきでは無いと思う。
が、ニュースの中で加害者のふざけているとしか思えないような発言(自分が精神異常だから刑を軽くしてほしいというような)を聞くと胸が悪くなり、早く極刑をという気分にもなる。簡単に割り切られる問題ではないのは確かだ。


それにしても「死刑」という、臭いものに蓋をし目の前から消えた時点でそこに生じていた問題を見なかったことにし先送りする、それが愛娘の死に繋がったと看破し、すぐさまそれを社会に訴えたクレアさんのように、わたしは100遍生まれ変わったとて成れそうもない。
しかし同時に、人間の知性というものは、こんなにも高潔に気高く居られるのだ、ということを思い知らされた気がした。
クレアさんの登場と共に報道されたのは、彼女がアメリカで非常に高い教育を受けた高学歴者ということだった。沢山の人が「やっぱり学歴が高い=違うなあ」てな事を思っただろうけれど、それが明確にしたのは「学歴が高い=頭がいい」ということではない。
むしろ、大学など高等教育において学生が「歴史」「哲学」「芸術」を通じて本来なら学び得る「知性」「智慧」というものへの信頼、これが「高等教育」というものにおける最も純粋な意義であると改めて示してくれたのがクレアさんという存在だったと思う。
小燈泡ちゃんのご冥福と、クレアさんとご家族にはやく平穏な日々が訪れることを、心から願っている。



ところで「ズートピア」へ話をもどす。
共同監督のひとり、「塔の上のラプンツェル」のバイロン・ハワード監督は、早い時期からゲイとしてカミング・アウトしており、同性婚もしている(しかも日本・青森の生まれらしい、関係ないけど)
だからという訳ではないが、受付のおデブのチーター「クロウハウザー」の造型のイキイキとした感じや、ラベル貼りについての考察など、ふかみのあるうキャラクター造型や脚本は、セクシャリティーに関して得てきた「生」の苦悩に裏づけられているのだろうか。ラプンツェルも見なくちゃ。
と、ここまで書きながら、やはりこういう「ゲイであることと創作の関係があるはず」というのも一つの「ラベル貼り」なのだと思い当たるわけで、全くこの「ラベル貼り」というものは底がない。

蛇足ながら、見ながら「じゃあ肉食動物は何を食べてんだ?」という疑問に、ここのサイトでバイロン監督が答えていた。

https://sgs109.com/n/1588

なるほど、昆虫か~昆虫は食べていいんだな。
この辺りの整合性も考え始めると、まあこれも「底なし沼」なんだけども。




ズートピア ZOOTOPIA/ 2016年
監督:バイロン・ハワード、リッチ・ムーア
製作総指揮:ジョン・ラセター

2016年8月12日金曜日

【台湾映画】六弄咖啡館~ さようなら世界、それが僕の人生の6つ目の路地である。(※ネタバレ注意)




中華圏において「中国語で書かれた中でもっとも映画化してほしい映画」のナンバーワンに選ばれた小説「六弄咖啡館」。
それを著者である藤井樹(呉子雲)が初監督で映画化したのが、この映画「六弄咖啡館」だ。去年のはじめ頃か、わたしの家から20メートルぐらいのところで映画のロケをしていた(上の写真がロケに使われたカフェ)ので気になっていたのだけど、この夏に公開となった。

が、じつはこの作品、公開前から色々ケチがついた。例えばメインキャストの「蔡心怡」役で欧陽菲菲の姪っ子、歐陽妮妮の「替え玉受験」スキャンダルが発覚したり、特別出演のレオン・ダイ(戴立忍)の謝罪事件が取りざたされたりといった具合で、にも関わらず台湾ではヒットしており、ヤフーでも「アホみたいに泣けた」と高評価が並んでいる。


遠距離恋愛の恋人と喧嘩し道で泣き崩れていた張榕容が、レオン・ダイの経営するカフェ「六弄」カフェに招き入れられ、「遠距離恋愛」についての昔話を聞く内に少しずつ落ち着きを取り戻す。
昔話とは、レオン・ダイが高校から大親友だった閔綠(董子健)をめぐる、楽しく辛い青春の記憶だったー
というのが大まかなストーリーだ。

レオン・ダイ「蕭柏智」の高校時代を演じたのは、台湾の若手俳優の中でも注目株の林柏宏。(たぶん本人は180度ちがう性格なのでは?と思うが)銅像に落書きしたり喧嘩したりするクソガキっぷりを熱演して、あたらしい顔をみせた。
もうひとりのメインキャスト關閔綠を演じるのは、中国で人気の若手実力派・董子健。

高校では勉強そっちのけでバカなイタズラばかりしている閔綠(董子健)と柏智(林柏宏)、ふたりは大の親友でもある。
閔綠はいつの頃からか片思いだったクラスメイトの李心蕊(顏卓靈)に告白し二人は付き合い始めるが、卒業・進学と共に台湾南端の街と台北との遠距離恋愛となってしまう。バイトに精をだして週末ごとに台北に通うのが生活の中心となった閔綠。
一方の心蕊は台北のカフェで働きはじめ(このカフェが冒頭の写真のカフェ)、じぶんのカフェを開くためにシアトルに行く夢を抱いている。
今の生活にピリオドをうち一刻もはやく心蕊と故郷で暮らしたいと望む閔綠と、夢を追い駆けたい心蕊とのあいだには少しずつズレが生じ始め、ついに心蕊は閔綠に別れを告げる。程なくして母親まで亡くした閔綠は、絶望のどん底に突き落とされて、ついに海に身を沈めるのだった。



実際に見た感想として、この映画は小説を映画化する際に、やってはいけないことをいくつかやってしまっている。
まずひとつは、著者(しかも映画制作未経験)がメガホンを取ること。
原作に思い入れが強すぎるのか知り尽くしているストーリーだからか、丁寧に語られないままお話が進むので、細部の辻褄が合わなかったり意味がわからないままで、誤解がうまれる部分が多い。
例えば、最後のレオン・ダイ(成長した「蕭柏智」)の妻は心蕊の親友だった「蔡心怡(歐陽妮妮の役)」なのだが、郵便物の宛名を映す時間が短すぎる&もうひとりの女主人公「李心蕊」も名前に心がつくので、どちらだったのかわからなくなる。
最後のエンドロール後に一瞬出てくる猫の「小緑」を飼っている女性も(おそらく)成長した李心蕊なのだけど、レオン・ダイが居るところと似たような海の風景を観ているので、いや、それとも李心蕊も死んで、やっぱりあれも蔡心怡なんか?ってか3人でカフェやってるんか?
あの「一日一弄」のバケツは一体何だったのか?
とか、細かいとこを始めとして演出や編集の拙さがすごーく気になった。
(そういう意味で、九把刀ってやっぱりすごいのだ)
もうひとつは、色んな大事なことをすべてセリフとして言わせてしまっているところ。
例えば、最後の閔綠が花火を上げながら泣きじゃくるところなど、とにかく全体的に喋りすぎで、せっかく「映画」なんだから矢張りそこは「映像」で観せてほしかったと思う。

それでも、お話の良さと俳優たちの気合を感じるお芝居などパワーにあふれる映画で、なによりもレオン・ダイの存在感は素晴らしかった。

さて、「六弄咖啡館」の「六弄」って何だろう?
台湾の道路は裏通りの小さな路地にまできちんと名前があり、大きな順から「路→街→巷→弄」と後ろにつく。だから「弄」はいちばん小さな路地を指し、「六弄」というと「6番目の路地」ということになる。つまりレオン・ダイが経営するカフェの住所は「六弄」にあるのだろう(最近、こんな風に住所をカフェやレストランの店名に冠するのが台北では流行っている)。

そして、後でネットで見つけたのだけど、(おそらく)原作の中にこんな一節があるようだ。

************************

「六弄人生: 人生,像走在一條小巷中,每一弄都可能是另一個出口,也可能是一條死胡同。
生在一個與一般人不同的家庭中,是我人生的第一弄;
愛上了妳,是我人生的第二弄;
 註定般的三百六十公里,是我人生的第三弄;
 失去了妳,是我人生的第四弄;
母親的逝去,是我人生的第五弄;
 在這五弄裡,我看不見所謂的出口,出現在我面前的,盡是死胡同。
該是結束的時候了,該是說再見的時候了,
 再見,世界,是我人生的第六弄。」

六弄人生:人生はまるで小さな路地を歩いているみたいなものだ。それぞれの路地にはもう一つの出口が有るかもしれないし、或いはそこには死という行き止まりがあるかもしれない。
普通の人とは違う家庭に生まれた、これが僕の人生のひとつ目の路地。
君を好きになった、これがふたつ目。
みっつめは、君とのあいだの360キロの距離を通うことになったとき。
よっつめ、君を失ったとき。
母を亡くしたのが5つめ、このとき僕にはいわゆる出口が見えなくなった、そこに現れたのは死という行き止まりだった。
そろそろもう終わりにしよう、別れをいわなきゃいけない。
さようなら、世界。
これが僕の、6つめの路地である。



(※日本語訳は当ブログ筆者によるものです)
************************

つまりここでの「六弄」は、自殺した閔綠の人生への感慨をあらわしている。


そしてもうひとつ(ここからは深読みコーナー)。

中国語の「弄」は英語の「Do」(~をする)という動詞でもある。
数字の「六」を表す手は、こういうふうに表される


つまり「六」を「弄」するとは、恋人同士の約束=「打勾勾」(日本でいう『ゆびきりげんまん』)なのね。


と、いうことは。
あの男子ふたり(董子健と林柏宏)が劇中で繰り広げる変な腰を「くいっくいっ」とやって最後、おたがいの腰(っていうかチンコ)をくっつけるようにする動きしますねえ。あれはつまり、二人にとっての「打勾勾」を表してるんですね~!(って淀長さん風に)

後半、高校の同窓会でカラオケに集まったけれど、閔綠だけは会場に入らずに心蕊をバイクの後ろにのせる。そこに出てきた柏智が、お決まりの「くいっくいっ」をするのだけど、昔みたいに閔綠が一緒になって「くいっくいっ」をすることはない。後ろに心蕊をのせて、クイクイする柏智を微笑んで見てから、走り去る。それを見送る柏智の浮かべるせつない表情。
そしてラストの、レオン・ダイが習慣にしているらしい浜辺に出てひとりでやる「くいっくいっ」。
手紙のなかで、閔綠は柏智にお願いする。
「心蕊の夢を叶える手伝いをしてあげてほしい、場所はどこでもいい、甘いエスプレッソを出しさえしなければ。僕ら親友だろう?」
いちばん大事な人の一番つらい時期に自分はどうにもあげられなかったという無力感がじわじわ心に響く。そのことへの贖罪から、レオン・ダイは「六弄」カフェを開いたのだろうか?当時は「恋愛感情」とまではっきり自覚しては無かったにせよ、柏智は閔綠を好きだったんじゃないだろうか。
こう見てくると、この映画は見事に台湾青春映画の金字塔である「藍色夏恋」や「BF*GF」の系譜に連なる様で、共通して描かれる無力さと切なさこそが、台湾青春映画の魅力ともいえるだろう。


ところでこの映画、多くの中国企業スポンサーが付き、メインキャストにも中国人俳優と香港人の女優が入って中華圏で大々的に上映予定だったが、レオン・ダイ(戴立忍)が台湾独立派のデモを支持していた(実を言えば實際のデモの争点は台湾独立ではなかったにも関わらず)などが原因で中国ネットで炎上、もう撮影が終わった映画(ヴィッグ・チョウ監督)の主役を降ろされるわ公開謝罪に追い込まれるわとエライ騒ぎになった。
その関係で、この映画も公開時はレオン・ダイのシーンが削られるらしいような話を聞いた。台湾では一応削られてなかったけれど、實際いま中国ではどんな風に上映されているのだろうか?
レオン・ダイが削られると、映画として全く成立しなくなってしまうのだけど・・・ちょっと気になるところである。


六弄咖啡館/監督:藤井樹(吳子雲)
台湾/2016