2015年9月24日木曜日

【邦画】陽光只在這裡燦爛~そこのみにて光輝く


【そこのみにて光輝く / 陽光只在這裡燦爛】
監督:呉美保 
出演:綾野剛、池脇千鶴、菅田將暉、高橋和也、火野正平


主演女優が池脇千鶴さんなので、やっぱり観に行った。
題名の「そこのみにて」の「そこ」は、漢字の「底」という意味もあるらしい。

鉱山採掘の仕事中の事故がトラウマになり、主人公(綾野剛)がまいにち酒びたりでブラブラしているところ、海辺のバラックに住んでいる一家と交流するようになり、そこの姉(池脇千鶴)と恋に落ちる。
ひとりで一家を支える池脇千鶴の悲惨な境遇が明らかになるにつれ、綾野剛はこの一家を救うためにもう一度仕事を始める決心をするが、未来に希望が見えたかとおもったとき、事件は起こる。

これを観ながら思いださずにいられなかったのが、先日ブログでも紹介した台湾映画「酔・生夢死」。
http://taipeimonogatari.blogspot.tw/2015/08/blog-post_28.html

「そこのみにて光輝く」もコレに負けるとも劣らない激鬱設定の作品で、主人公がトラウマ抱えて酒びたりで生きているとこから話の流れまで、まるで双子みたいによく似ている。
(クライマックスで使用される凶器まで被ってるのも見もの)

同じ時期に、台湾と日本でこういう似た映画が作られたことに加え、テーマは真逆なところも興味深い。

「酔・生夢死」が「ひとを救うのは死である」というのに対し、「そこのみにて」は「人を救えるのは愛しかない」と言い切る。


印象深かったのは、惹かれあう綾野剛と池脇千鶴が海の中で抱擁する場面。函館の暗くて沈んだ色の波をかき分けかき分け、ようやくお互いまで辿りついて溺れそうになりながら抱きしめあうシーンがひどく美しかった。
あと、濡れ場。
池脇千鶴の脱ぎっぷりも相変わらず素晴らしいけれど、すごく自然な感じなのが最近観た映画のなかではピカ一。女性の監督ってこともあるのだろうか。

脇を固める菅田將暉、高橋和也、火野正平もいい。

とくに高橋和也は益々暑苦しい円熟味が増して、見ごたえあり。

後ろに座っていた日本人らしき年輩の女性三人組が、どういう理由でこの映画を観に来たのか判りかねるけれど(函館とかこの映画関係者が知り合いとかかも)、終わったあとに「・・・すごい映画だったわねえ」「こんな映画だったとわねえ・・」と、呆然としたような、しぼりだすような声で口々に言った。

2015年9月14日月曜日

台北のY字路⑲~番外編・三峡清水街



きょうのY字路。
カラフルな落書き(ストリートアートと呼ぶべき?)が施されているが一階部分が何を描きたかったのか全く意図不明のY字路の前では、黒い犬が猛烈にゴロンゴロンしていた。背中が痒くて仕方ないんだろう、気の毒に。
日本統治時代以前は「三角湧」と呼ばれ、三つの川に囲まれた水の豊かな土地・三峡。
かつては台湾藍染めの中心地として栄えたほか、地元出身の芸術家・李梅樹が監督した祖師廟(これ、ホントに凄いです)に代表される彫刻や茶葉産業など、美術工藝が息づいている。



「活力の屋」が閉まっていて何屋なのかわからないけれど、いかにも活力が出なさそうな佇まい。一枚目と共に、川沿いの石畳がいい雰囲気の清水街にあった路地の頭と尻尾だ。

台湾の廟口(お寺の前)の前には、大抵美味しいものが有る。ここでも臭豆腐の看板に引き寄せられてフラフラと中へ入った。ワタシ的にはちょっと臭さが足りなかったけれど、おっちゃん特製の生唐辛子も白菜の漬物も香りが良かった。


おっちゃんとおばちゃんが凄く仲良さげで、看板のとこに小さく書かれた日本語の(揚げ豆腐)について二人で「これ間違ってない?」「炸は揚げるで合ってんだよ」「変よー臭はどこ行ったの」「日本人は臭がって食べないから何でもいいんだよ」みたいにぺちゃくちゃとやってる。
いや今も店内に居るんですけどね、ひとり。
臭いから食べたがる日本人が。



2015年9月11日金曜日

台北のY字路⑱(萬大路・2) ~頂樓加蓋


きょうのY字路(萬大路)。

台湾のアパートの無法な増築っぷりが存分に味わえるY字路。
五階部分は「頂樓加蓋」と言って、四階の人が勝手に建て増ししたもの。
四階の人が五階の建て増し(勝手に)したぶんも坪数に含めて売り出したりと無茶苦茶な上に、火事などの問題もあって、現在は新規の「頂樓加蓋」は、ほぼ法律的に認められていない
(かなり厳しい条件をクリア出来ればオッケー)。

夏は馬鹿みたいに暑く、台風が来たらトタン屋根がバンバン鳴り止まず、浸水し、冬は隙間風に悩まされる。
出入りするのに、人んち(四階の住人)の家を通って上がる。


「頂樓加蓋」は家賃が安いので、 台北に家のない、いわゆる「異郷人」だったら一度は住んだことのある場所だという。
我がアパートの屋上にもあるけれど、うちの衛星放送アンテナの隣のドアから、台湾大学に通うアメリカ、韓国、ヨーロッパなど様々な国籍の留学生が顔を覗かせる。

2015年9月9日水曜日

台北のY字路⑰(光華商場前)

きょうのY字路(光華商場前)。
最近、日課の如く家族で通っている「茉莉二手店」っていう近所の古本屋さんがあるんだけど(少ないけど日本語の本もある)、そこの社長さんである台湾の編集者・傅月庵さんも高校時代に日々、光華商場の古本屋に通いつめて青春時代を過ごしたという。

建て替えを経て、今ではアニメオタク&パソコンオタクの聖地的なイメージがあるけど、秋葉原が昔そうだったように、かつての光華商場はオーディオ屋や古本屋のひしめく場所で、今の台湾文化を牽引する人を育てた。


1945年の地図を観ると、市民大道にまだ鉄道が走っていて、このY字路が八徳路と鉄道沿いに挟まれた三角地帯だったことがわかる。
ところで、中心にある雨天用の道具&ヘルメット屋がいつからあるのかは知らないけれど、ここに売ってるもの、日本だったら「これナシでしょ」って感じだけど、台湾の人は買うんだ。変な柄のマスクとか。
台湾の人のマイウェイ加減がけっこう好き。ワタシだって相当、我が道行ってきたと思うけど負ける。
負けて上等!って感じですけれど。



2015年9月8日火曜日

台北のY字路⑯(萬華・萬大路)






きょうのY字路(萬華・萬大路)。

華中河濱公園前、魚市場まえ。
http://taipeimonogatari.blogspot.tw/2015/08/y_7.html?m=1


写真中央の広告「林合發」は、台湾おこわの老舗。
男子の一ヶ月目の内祝として絶大な人気があり、あの郭台銘(iPhoneの中身を作っているフォックスコンの創業者で台湾一のお金持ち)も、自分の息子のお祝いにここを選んだという。
周囲には饅頭(マントウ)屋の老舗やチャイナドレスを作る店があり、かつて萬華の賑わいが、迪化街から離れた川沿いのこの辺りまで、行き届いていたことが伺われる。

いい感じの左側の路地を進んでいくと・・・

ここもY字路になっていた。


字路の角に廟(お寺)があるのをよく見かけるけれど、これも「魔物が真っ直ぐしか進めない」ことから出来た「石敢當」と同じような役割なんだろうか。

「石敢當」についてはブログの過去エントリーを参照ください。
http://taipeimonogatari.blogspot.tw/2015/08/y_7.html?m=1

ひたすら路地を進んで聞こえてくるのはすべて台湾語で、下町の情緒が色濃くのこる。


2015年9月7日月曜日

台湾映画「青田街一號」~小1男子とニヒリズム




青田街が舞台だと思ったら

ホラー映画かと思ったら

カンフーアクションかと思ったら

な意表をつく闇鍋コメディー。


隋棠(ソニア・スイ)が経営するクリーニング店は、実は殺人業も請け負っている。
誰かの人生の重荷、もしくは汚点になっている人を殺して、クリーニングの作業場で跡形もなくしてくれる。
そこのヒットマンである「青田街一号」(=張孝全)が、いつの頃からか殺した人に取り憑かれてしまった。人を殺すのは平気だけれど、幽霊にまとわりつかれるのは真っ平な「青田街一号」。
除霊を頼むために訪れた霊媒師「林香」(萬西)も巻き込んで、殺した人々のコトの顛末から「青田街一号」の名前の由来、「阿姑」(隋棠=ソニア・スイ)の秘密が明らかになってゆく。

コロンビア大学で映画の演出を学び、鈕承澤・侯孝賢監督に師事した李中の初監督作品。脚本には、「総舗師‐メインシェフへの道」や、このまえ直木賞を受賞した東山彰良氏が好きな作品として挙げた「ラブ・ゴー・ゴー」の陳玉勳監督も参加した。

陳玉勳監督の「小1男子+ニヒリズム」な笑いのセンス(大好き!)は脚本によく生きていて、しいて言えば藤子・A・不二雄的の「笑うせえるすまん」的なブラックユーモア。
こういう映画、台湾では今迄意外となかったんではないだろうか。このチャンポンな感じが台湾の多様性をよく表しているし、台湾映画の新しいステージを感じさせてくれた。

やけに印象に残っているのが、クリーニング屋の女主人・隋棠(ソニア・スイ)のものすごい角度でアーチ状になった唇。やっぱモーターショー・クイーンとかになるレベルだとあそこまで口角あがるのかね。日本だと、稲森いずみさん的な雰囲気。
そして、ラストの白目。綺麗なだけに物凄くこわい。

もひとつの見どころは、張孝全が「阿姑」(ソニア・スイ)をみる時の、邪気をまったく消した子犬の様な眼。
ヨダレ垂れそうなぐらいキュンキュン来る。
なんでそんな目が出来るんだよ。
男っぽさも、可愛いかんじも、クイアな役回りもなんでもどんと来いの張孝全、さすが影帝と呼ばれるだけのことはある。

張孝全と付き合ってるらしい大陸の女優・萬西は斜めからなど、観る角度によっては真木よう子さんを彷彿とさせて、軍中楽園と同じ女優さん???って言うぐらいのイメチェンぶり。

さて、よくわからないこともいくつかあった。
1・最初のシーンでどうして萬西は刑務所の中庭にいたのか
2・ぽっちゃり好きオタクを最終的に誰が撃ったのか

このあたりの辻褄を丁寧に合わせていくことが出来るなら、これからのこのテの台湾映画は、更に更に期待できそうだ。
ちなみに、台北の「青田街」に青田街一號という住所はない(一巷はある)。
観終わった後は、台北の幻の場所からひょっこり現実世界に戻れたような気分で、ホッと一息をついた。




2015年9月1日火曜日

台北のY字路⑮(連雲街)~民国64年の地図









きょうのY字路。

有名な鼎泰豊(ディンタイフォン)本店があるので観光客でも一度は行ったことのある永康街の、信義路を挟んだ反対側に入っていったあたり。
日本時代前には「頭埤」、日本時代に入って永康街も含めた一帯が「東門町」と名付けられた。

戦後になり、中華民国が台北に臨時政府を置いて、町名が全面的に改定される。
命名は基本的に、台北を四つのエリアにわけ、それぞれに中国大陸の地名を同じ位置関係のまま縮小して当てはめる方式。
(上海から来た建築士・鄭定邦の編み出した方法で上海でも採用されている ※1)

台湾で生まれた子供たちが、中国大陸に行っても地理関係で迷うことがないように。当時の中華民国政府の「いつか帰る」って意思が強く感じられて興味深いですね。

ちなみに当時といっても、民国64年(1975年昭和50年)作成の中華民国の地図だが、首都は南京でモンゴルまで領土に入っている。
そんな地図を使って学校で子どもたちに「我が国の地図だ」って教えてたわけだ、この小さな島で(今も建前上はそうなのか?)。


それ、わたしの台湾人夫が高校生ぐらいまで、つまりほんの25年ぐらい前まで台湾の学校で行われていた普通の教育だったというのが、今の自由にあふれた台湾のパッと見からは俄に信じられないような、ホントの話。

ちなみに、この写真の道路名はそれぞれ

連雲街:江蘇省連雲
臨沂街:山東省臨沂

から来ている。
1930年代の地図を見ると、ここも例によって水路の広がりに沿って出来たY字路。





※1  http://site.douban.com/123095/widget/forum/4422719/discussion/40913707/