2015年6月30日火曜日

SHUTTER magazine Vol.17


本日発売☆のカルチャー誌・SHUTTER magazine Vol.17 で連載させてもらっているコラム「台北物語」にて、5月に行われたアートフェア「YoungArtTaipei」について書いています。








2015年6月26日金曜日

台北のY字路④(温州街)


きょうのY字路。
温州街・泰順街の碁盤の目型の町を四十年ほど前に辛亥路が斜めに横切って作られたため、辛亥路沿いにも沢山のY字路が存在する。
辛亥路ができる前までは、龍安國小から新民國小までのこの一帯には畑が広がっており、この写真付近にあった肥溜めに子供が落ちて溺れ死んだという。

2015年6月24日水曜日

台北のY字路③(萬華)


きょうのY字路。

龍山寺のちかく、オールドタイペイ・萬華(艋舺)の一角。

台湾の古いビルのどれもが、かくもこう「沢田マンション」(高知にある、素人が勝手に建てた鉄筋コンクリートマンションで『日本の九龍城』の異名をとる)的なのかといえば、まさに「沢田マンション」と同じく違法スレスレの増改築が繰り返されてきたからだ。
部屋を広くするためにベランダは潰すorのこす、クーラーの室外機はどこにでもつけるorつけない。もちろん、最上階の住人は勝手に屋上に部屋を増やして他人に貸す(加蓋といって、現在は違法となった)。修繕費など積み立てないので、いつまで経っても外見は汚い。

こうしてこのY字路の雑居ビルも、今にもガタガタと動き出しそうな「ハウルのうごく城」のようになった。










2015年6月23日火曜日

台北のY字路②(信義・大安森林公園)


きょうのY字路。
左手の「義光教会」はもともと台湾最大野党の初代・党主席、林義雄氏の自宅だった。
戒厳令中の台湾で起きた最大の民主運動、1979年の「美麗島事件」。
そのリーダー各だった林氏が逮捕されて軍事裁判を受けていた最中の1980年の2月27日に、林氏の母親と双子の娘がここで何者かによって惨殺される。
以降ながらく買い手がつかなかったのを台湾プロテスタント系の長老教会が引きとり、教会とした。
今もなお犯人は見つかっておらず事件は未解決のままで、唯一生き残った長女が現在、夫君と共にここの教会で奉仕しているという。



台北のY字路①(同安街)



さいきん台北の日式老房子(和風古民家)の取材をしているうちに、いろいろ気づいたことがある。
そのひとつが、台北には「Y字路」(三叉路、もしくはそれ以上の交差点)がおおいこと。
どうやら日本統治時代以前→日本統治時代→戦後の中華民国政府とおおきく変遷した政府の都市計画に関わっているみたいだ。

横尾忠則の「Y字路シリーズ」を例に出すまでもなく、Y字路ってやけに人を惹きつけるところがある。右奥に、あるいは左奥になにかが潜んでいる。
何も考えずに歩いていたら、突然Y字路が顔をヌッとだして迫る。

「右にいくのか、左にいくのか。」

その選択が人生にちいさく、もしくは劇的にもたらすかもしれない変化を想像して、少しばかりおびえているワタシを後目に、Y字路は何食わぬ顔をしてそこにいる。


さて、このY字路は同安街淡水河(新店渓)へ向って歩いたところで出現した。
後ほどFBで写真をアップしたところ、最近取材で知り合った水瓶子氏(作家・街歩きの達人)の指摘によりこの右側の道がかつて川だったことを知った。

「台北古地圖(1930年/昭和5年版)」で調べて見た。
現在のこの場所(牯嶺街95巷と同安街28巷の交わる部分)あたりに川が走っているな、たしかに。ちなみに現在の汀州路には戦前、新店と萬華をむすぶ萬新鉄道が走っている。



現在の地図と古地図を重ねあわせてみる。

      

みごとに牯嶺街95巷と川の流れが重なった。
むかしここは赤川とよばれ、沢山の蛍がとぶ澄んだ川だったという。今も「蛍橋」という名前が学校名として付近に残っていることから、その美しさが伺える。

Y字路の真ん中で灯りを点している和風古民家は「野草居食屋」という和風料理屋で、昔は陳玉麟という台湾大学の有名な教授の住まいだった。
陳教授の前に住んで居たのは、台湾大学の前身である台北帝国大学の助教授として赴任してきた石井稔助教授。農薬研究のために畑になっていた家の裏は、いまは私立の恕高校になっている。










2015年6月21日日曜日

SummerJade~サマージェイド


ぼくらいま はしゃぎすぎてる なつのこどもさ♪(サマーヌード最高!)ではなく、今回はSummerJade=サマージェイド=夏の玉(ギョク)のはなし。

玉荷包〜ユイへーバオ。
この時期に出回るライチをそう呼ぶらしい。和名はドラゴンライチ。
赤から薄緑にグラデーションになった鎧に、爪をたてる。
硬い皮が爪と皮膚の間にくいこむ。
それから半透明の粒がツルリとでてきた瞬間、よくぞ「玉荷包」なんて名付けてくれた、と毎年のようにおもう。
「陰陽」でいえば「陽」が極まった食物。「火気が大きい」と中国(漢方)医学ではいうたべすぎると吹き出ものが出たりだるくなったりするライチ病にも注意。最近でも、一気に数十個を食べた七歳の女の子が卒倒してしまったことが、ニュースになっていた。美味しいものって恐ろしい。
ヒンヤリした玉を噛むと甘酸っぱさがはじける。
修道院で作られた薬酒のようなつよい薫りが官能的なこのくだもの、旬は一ヶ月半ほどしかない。

酒どころ伊丹の華麗なる取り組み(後編)~ クラフトと日本酒の素敵な関係♡




「SAKETIMES」で書かせて貰った記事の後編。

「日本酒どころ伊丹市の華麗なる取り組み(後編)~ クラフトと日本酒の素敵な関係♡」

この記事を書いているあいだ、伊丹市立工芸センターのウェブサイトで過去の受賞作品やクラフトギャラリーのブログなどを拝見していて、ふと大学の同級生だった陶芸家・石橋敬子さんの作品写真を発見。
白い磁土に文様彫りを施した作品を作られているのだけれど、画像をいろいろ探して見ながら、その彫りのデザインの緻密さや白磁の艶やかさにあらためてウットリ。
やっぱりそのうち彼女の酒器を手に入れたいなあと思っていたら、愛知県の悠遊舎ギャラリーさんにて今年の3月に二人展が行われていたという記事が。
お相手は、SAKETIMESの伊丹記事の前編でご紹介した梶間智絵さん
 ↓
( 酒どころ伊丹の華麗なる取り組み~ クラフトと日本酒の素敵な関係♡【前編】 )
だったのでちょっとびっくり。
好きなものとか興味持ったものや人が何故かどんどん繋がっていく不思議な現象が、年とともに増えて行ってる気がするのは嬉しいことだ。

石橋敬子・梶間智絵展@悠遊舎ギャラリー
http://blog.livedoor.jp/you_yuusya/tag/%E7%9F%B3%E6%A9%8B%E6%95%AC%E5%AD%90



2015年6月5日金曜日

藤澤由佳さんの手作り石けんレッスン



61日発売の「な~るほど・ザ・台湾」で、台北で人気の教室・藤澤由佳さんの手作り石けんレッスンについて5ページ、内湖のクリエティブスペース・の紹介、永瀬正敏さんの写真展記者会見について書かせていただいてます

20
年以上の歴史ある「な~るほど・ザ・台湾」誌ですが、昨年編集長が変わり、以前は 駐在・出張ビジネスマン向けだった紙面が全面的にリニューアルされ、芸能ニュースも増えて更に読み応えのあるステキな雑誌に。夜の林森関係の情報は一掃されてて、清潔感のある紙面です(なんてったって以前は「触るのも嫌だ」ってマダムとかも居たのです。ワタシ的には、それは言い過ぎだろうとは思うのですが)

リージェント・オークラ・シェラトン・マンダリンなどのホテルや、あちこちのレストランにあるので是非お手にとってみてください