2015年5月17日日曜日

台湾映画「念念」~ 失ったものはなんですか? 




「はやく入れよ、コーチにみつかる。」
すばやく部屋に引き入れられた育美が、と激しくからだを求めあう。
「泊まっていってもいい?」
ひと通り終わって育美は問う。
「コーチに見つかると面倒だから」
そう言われて育美は憤り部屋をでる。
画家の卵の育美。芽の出ないボクサーの翔。
 お互いに好きあっているはずなのに、相手を遠くに感じる。
恋愛をすればだれもが避けがたい思い。

更に、ふたりには相手に言えない秘密がある。
口にしてしまえば、なにもかもが永遠に去ってしまうかもしれない。
そんな不安で、上手く相手に伝えることが出来ない。
かつて家族を失ったことで、いまも深く傷を負っている育美と翔。
そんな二人だから、相手を新しい家族として迎えることへの戸惑いでどうしてよいかわからない。かけがえの無い「something」を失った経験をした人だけがもつ煩悶。
台北の街を並んで歩く二人の姿はまるで、傷ついた動物二匹が寄り添い慰めあってるみたいだ。

映画のタイトルは「念念」
中国語の熟語「念念不忘」から来ているのだろうか。
「念念不忘」は、心に深く刻み込まれ時がたっても忘れることができない、という意味だ。もしくは忘れられなくなるまで何度も語り聞かせる、という意味もある。
忘れたと思い込んでいたものは、手を変え品をかえ夢にあらわれたり亡霊として立ちはだかったりする。


育美が産まれ子供時代を過ごしたのは、台湾東部にある「緑島」。日本時代は「火焼島(ひやけじま)」と呼ばれた。
台湾では四番目に大きく観光が主な産業で人口2000人前後の風光明媚な島だが、台風や地震がおおく自然環境は厳しい。
しかし、ここが有名な島となった理由は、戦後長く続いた白色テロの時代に多くの人々が政治犯としてこの島に送られた流刑の地だからだ。
現・高雄市長で「花マー」(アニメ「わたしんち」のお母さん)の愛称で親しまれている陳菊市長や、初代・民進党主席の林義雄氏(1980年に大安森林公園と仁愛路の間にあった林氏の自宅で母親と双子の子供が刺殺された。犯人は未だ捕まっていないが政治がらみの事件と目され、現場は現在教会となっている)前・副総統の呂秀蘭氏など、台湾民主化運動の名だたる闘士たちは皆、いま人気の文化公園「華山文創園区」のあたりにあった駅舎から貨物列車に積まれて台東に降り、この島に船で流された。
二度と帰らなかった人も多い。

育美は小さいころ、小さな島の生活に嫌気がさし島を逃げ出した母親に連れられ、台北に来た。すぐ後に母親も亡くなり孤独の身となったが、実は緑島に生き別れた兄がいる。
映画はこの兄・育男(柯宇綸/クー・ユーロン)育美梁洛施/リャン・ロウシー)張孝全/チャン・カオチュエン)を主人公とした群像劇として進行する。


すれ違いながらも歩幅をあわせて、ついに出会う三人。
派手な感動の再会が演出されるわけではない。育美が幼い頃よくそうしたように、育男の少しクセっ気のある髪にやさしく触れた。
そこを観ただけで、心がおおきく震える。映画だから出来ることだ。
沁みて沁みて、映画のエンドロールが終わった後もしばらく座席から動けないでいた。


張艾嘉監督は脚本の段階から育男の役は柯宇綸しかいない。と決めていたそうだが、観ている側にとってもここは柯宇綸しかいない、と思わせる説得力がある。もう、柯宇綸を観てるだけでボロボロ涙がこぼれる。ハンカチ・キラーなのである。

近年の台湾映画に外すことの出来ない個性派俳優・柯宇綸(クー・ユールン)
その父親である柯一正は、オムニバス「光陰的故事(1982年)」(これに関するドキュメンタリー「台湾新電影~光陰的故事」も今年上映)を作ったメンバーで、エドワード・ヤンと共に「台湾ニューウェーブ」の時代を担った(柯宇綸もエドワード・ヤンの傑作 嶺街少年殺人事件」に出演している)。
またエドワード・ヤンの処女長編「海辺の一日1983年)」の主人公は、この映画「念念」の監督・張艾嘉(シルビア・チャン)、そのひとである。
「念念」の後半、翔が育美の告白に悩みながら釣りに行く「基隆」の海辺は、(偶々なのかどうかは不明だが)「海辺の一日」のなかで張艾嘉が演じた女主人公が、夫を失った場所でもある。
時代のながれの中で国家や土地や人が失ってしまったもの、そして、それに個人が向きあっていく努力と過程をえがいたという意味で、「念念」は「台湾ニューウェーブ」の正統的な血を受け継いでいるように思う。

そんな映画「念念」、元々の脚本は蔭山征彦氏の手による。
ワタシも最後のクレジットを見ながら「脚本」の部分に日本人らしい名前があったので驚き、鑑賞後に名前を調べてその存在を初めて知った。
台湾で活躍していらっしゃる日本人俳優ということで、この脚本は蔭山氏の生い立ちにおおく関係しているという
ちなみに柯宇綸台風の夜にバー「藤」(このバーがすごくいい感じですごく行ってみたい。林森北路かしらん)に誘い込む天使的な役割として映画にも出演している(と後で聞いて知ったのだけれど)。


「人は失ったもので形成される。
人生は失うことの連続だ。
失うことでなりたかった自分になるのではなく、本当の自分になれるのだ。」


こう言ったのは、映画「バベル」や「バードマン」を監督した天才、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督。
失ったものに向き合うことは人が生きていくために必要なのだと、静かにひかえめに、この映画「念念」も語っている。


ぜひとも日本で公開してほしい作品だ。






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